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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第111話 落し所(その5)】 

 吉原会所の四郎兵衛が帰るのを表口まで見送った兵庫、碁四郎、虎之助、矢五郎の四人は顔を見合わせた。
「上手く行くかな」と碁四郎が聞くでもなく口にした。
「難しいでしょうが、四郎兵衛さんが持ってくる返事を落し所として受け入れましょう」
「兵さんと四郎兵衛さんは互いに助け合う仲だ。良い落し所を見つけて持って来ますよ」
「良い落し所を持ってくるのではなく、持ってくる落し所が良いのでは」と内藤も受け入れることに異論を挟まなかった。
「もう、成田屋は要らんだろう」と矢五郎が剥げ落ちた金文字の看板を見上げながら言った。
「そうですね。・・・彦次郎さん、看板が役目を終えました。掛け替えますので外して下さい」
「分かりました。良さそうな看板で、薪にするには勿体ないです。新しい店の看板に作り直したら如何ですか」
「そうですね。作り直せるのなら、成田屋がしたことと反対のことをしますので神田では如何でしょうか」
「将門の亡霊を呼び出すとは、分かりやすいですが、商売ではないので屋ではなく庵に、神田庵にしたらどうでしょうか」と碁四郎が言った。
これは成田山新勝寺と神田明神の間には平将門に対し反対の態度を取った歴史の在ったことに由来する。
「神田庵とは多少蕎麦屋の匂いもするが、わしは蕎麦の御蔭で脚気が治った」と矢五郎が笑いを取った。
「看板の文字は事情を知っている、こちらの内藤さんに頼んで下さい」

 家の中に戻った四人の話は、兵庫と云うより女主(おんなあるじ)・志津がいつ神田庵に移るかが最大の関心事になった。
「明日、下見をさせ、不足の物が有れば補い数日中には引っ越しを済ませます」
兵庫は周りの目を見て自ら先んじて話し始めた。
「押上の跡取りは甚八郎で誰も異は唱えない筈だが、空(あ)きを作らずに頼む」と矢五郎が云った。
「分かって居ます。甚八郎の所も女主がしっかりしているので、任せられます」
「ここは女の館に成るが、女の手助けは奥さんが選ぶだろうが、男はどうする」と矢五郎が尋ねた。
「矢五郎さん、如何ですか」
「冗談はよせ」
回りに居た男たちが笑った。
「日中の警備だけ頼み、夜間は蘭丸に頼みます」
「蘭丸?・・・誰だ」
「犬です」
「犬か・・」
「男も、志津に選んで貰います」
 男たちの話は先の困難さから抜けきることが出来ないまま語り続けられ堂々巡りをはじめ話の終わる時が来た。
「明日のことが在るので引き揚げます」
兵庫の言葉に碁四郎、内藤そして矢五郎も腰を上げ、勘三郎が残された。
「勘三郎、もう少し辛抱してくれ。ここから間もなく解放されるからな」
「屋敷でじっとして居るのなら、こちらの仕事をさせて下さい」
「分かりました。ここの仕事で男が必要な時は、一番に声を掛けます」
兵庫が応えた。
「お願いします」

 押上に戻った兵庫は、志津に四郎兵衛と約束したことを告げた。
「分かりました。皆に知らせておきましょう」
 急遽広間に、押上に居る大人たちが集められ、数日中に兵庫一家三人が竜泉寺町に新たに設立する神田庵に引越しすることが告げられた。そして更に
「私と志津の後には、私たちと最も長く修行を共にして来た根津夫妻にお願いする予定です。私たち同様に助け盛り立てて下さい」
「先生、移らねばならない訳が在るのですか」
「新しく来る人たちは、下は十四・五歳から二十四・五歳までの娘さんから姉御さんが二十人ほどです。訳有って世の中のことに疎いので、出来るだけ早く世の中で生きて行く知恵と技を教えなければならないのです。ご理解ください」

 そして兵庫一家が神田庵に引っ越すことが夕食の席で子供たちにも知らされた。
子供たちは驚くと同時に、寂しさに襲われたのか声を失っていた。
「新しく来る人たちのために、私たちは早めにここを出ます。ですから迎える支度も早く出来るでしょう。その時は皆を呼ぶので泊りに来て下さい」
子供たちの多くは神田庵が泊りに行けるほど近いことを知り、安堵したのか笑みが浮かんだ。

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Posted on 2018/07/25 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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