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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第111話 落し所(その6)】 

 翌、嘉永六年十二月二日(1853-12-31)の朝食後、兵庫は千丸を抱いた志津を伴い竜泉寺町に向かった。
二人の後には志乃、佐吉、荷車を牽く常吉が続いていた。
 成田屋の看板を下ろした一見料理屋の表口の前までやって来た。
人の出入りを拒む鉢植えは片付けられていた。
「ここが神田庵となる所です。荷を下ろしますので先に上がって下さい」
志津、志乃 佐吉が一歩足を踏み入れると、引き戸の開く音がした。
表の道から直接出入り口が見えないように目隠しとして建てられている一間ほどの網代塀の端から勘三郎が顔を見せた。
「お早い御着きで、茶も出ませんがお上がりください」
「持って参りましたよ」と志津が返し、網代塀の影に消えていった。
荷車に乗せられていた米、味噌、醤油、塩、糠味噌の樽、薪、焚き付けなどが下ろされ、空になった荷車は一旦家の前庭に仕舞われた。

 帳場に積まれた荷が、一旦台所や台所の土間に移された、
「旦那様は台所の水汲み、常吉さんと勘三郎さんは使われて居ない布団が在ったら干して空気に晒して下さい。佐吉さんお風呂の様子を見て下さい。良ければ旦那様に水を張るように頼んで下さい。それと旦那様薪割、薪切りの道具があるかも確かめて下さい」
志津は千丸を抱きながら手空きの男たちに仕事を与えていった。
 一方志乃は志津から三十人分の什器を使えるようにして下さいと言われただけだった。
ただ、食器棚には三十人分は置かれて居なかった。
志乃は棚に乗せられていた什器類を下ろし、下ろした後の棚を拭き清めた。
棚から下ろした数の不揃いの什器を拭き直し、種別に棚に戻してていった。
そして台所に隣接する什器納戸に入っていった。

 志津が成田屋改め神田庵に行くことは押上以外の養育所関係者にも知られていた。しかし千丸を預けずに抱いて入ったことと米、味噌、醤油なども運んだことが今朝になって伝わっていった。

 これとは別に中之郷元町の養育所では男たちの動きがあった。
修行中の男・六人が聖天町に引っ越すように中川彦四郎に命じられていた。
その六人とは賄い方の修行をしている元久蔵一家の栄十郎と平田実深と越谷宿で狼藉を働いた夏吉の二人、それと大工方の修行を始めた元久蔵一家の総三郎と浜吉の二人、更に
髪結い修行中の元東都組の六助と夏吉の同僚で棒手振り修行中の熊吉だった。
六人を屋敷から出した訳は養育所として入谷の子供たちを迎え入れるためだった。
 この六人が聖天町の仕舞屋の与えられた部屋に己の私物を運び込み一息入れようとしたが、総三郎が
「浜吉、竜泉寺町の成田屋じゃなくて神田庵に早く行かねえと棟梁に仕事が遅いのに来るのも遅いと小言を聞かされるぞ」
「そうだった。じゃ~行って来る。俺たちの昼飯も頼むよ」
「任せておけ。ただし不味いなどと決して言うなよ。手助け無しで俺たちだけで造る最初の昼飯だからな」
「文句は言わねえが、まずい飯に慣れねえうちに旨い飯を作てくれよ」
「安心しろ。俺が慣れねえから」
「おい、大工仕事が遅いのなら手伝ってやるが、俺たちでも出来る仕事か」
「それは助かる。造るのは無理でも取り壊すのは出来るだろう。ただし丁寧にな。材料はあとで使うことに成って居るから」
「それならなんとか出来そうだ」と髪結いの六助と棒手振りの熊吉が大工仕事の手伝いに加わることになった。

 神田庵に話しを戻すが、千丸を寝かしつけ、襷を掛けった志津が台所の土間に下り、二基在る二口の竃(へっつい)に水を入れた鍋・釜を掛け、火を付けていた。
一杯にしたはずの水瓶の水が無くなったと呼ばれ、やって来た兵庫が、
「随分釜を掛けて居ますね。風呂でも沸かすつもりですか」と水を使った訳を知り冗談のつもりで言った。
「分かりましたか」
「しかし、水を張ってありますので後から湯を注いでは逆さ水に成りますよ」
「ご安心を。その水を張る前に佐吉さんが先にやかんの湯をお風呂に注ぎましたから」
「それで良いのですか?」
「私は良いと思うのですが、一番風呂に入る旦那様が嫌と申されるのなら、張った水を抜いてから、こちらの湯を運び、又、水を張って頂けますか」
「いや、今のままで結構です。やかんの面子を無くしたら、茶が飲めなくなりますので」
「そうでした。茶を淹れましょう」

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Posted on 2018/07/26 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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