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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第111話 落し所(その8)】 

 兵庫は昼飯を炊く釜と乗せ換えるために、竃に掛けられ湯気を上げている釜の湯を柄杓で手桶に移し風呂場に運ぶことを繰り返し、湯を移し終え戻って来た。
そして、千丸を抱いた志津が、
「竃の具合も問題なく、煙の抜けも良く、什器は揃い、他に元料理屋とは思えない物もあり女修行の場としては申し分ありませんよ」
「調理屋とは思えない物とは何ですか」と兵庫が尋ねた。
「借金の形に取った品物中には芸事や嗜みで使われる物が数多くあります。恐らく暮らしには無くてもよい物を形に出したからでしょうね」
「そう言えば、箏も在りましたね」
「三人娘が使った箏は千住の質屋から手に入れた物でしたよ」
「そうでした。蚊帳は在りましたか」
「気が付きませんでしたが、人が増えましたので来年も何張りも手に入れないといけませんね」
「来年のことを言わずに先ずは今日のお昼をお願いします。棒手振りの熊吉さんの声が聞こえました」
勝手口の戸が開いて熊吉が顔を見せた。
「旦那様、千丸をお願いします。お昼の支度を致しますので」
兵庫は我が子を受け取ると台所を出ていった。

 兵庫は千丸との遊びに付き合っていた。千丸は四月二日の生まれで、まる八か月が過ぎ部屋中を這いずり回り、兵庫の所に戻って来ると兵庫に掴まり立った。
好奇心からか千丸は兵庫に掴まっている手を離し、ニコッと笑い思案して居る間に尻もちをついた。
そして、また部屋を這いずり回る旅に出、兵庫の元に戻って来た。
どのくらい時が経ったか、彦次郎らの声が聞こえて来た。
「千丸、まんまだよ」と未だ喋らぬ倅に兵庫は声を掛けた。
名前を呼ばれた千丸が戻って来て兵庫に掴まり立ちして、「まんま」と云った。
千丸を抱き上げ立ち上がると、部屋の障子が開き志津が顔を見せた。
「支度が整いました」

 食事の部屋に入ると既に彦次郎、総三郎、浜吉、水野賢太郎・粟吉の大工衆と佐吉、志乃、勘三郎の八人が座に着いていた
空いて居る座に兵庫と志津が座った。
十人の前には養育所とは違って折敷ではなく脚付きの宗和膳が使われていた。
「膳が変わると、何か違ったような気もしますが、使って居る食材は全て養育所の仕入れた物を回して頂いたので贅沢なものではありません。食べて騙されたと云わないで下さい」
兵庫が笑いを取り食事は始まった。
ただ、そう言った兵庫自身がいつもとは違いゆっくりと食べ昼食が終わった。
「午後は押上に枕を取りに行って来ます。 

 食事の後片付けをここに住むことに成る大人五人で済ませた。
押上に置いて来た私物を戻るため、表口(元帳場)にこの家に住むことに成る者全員が集まった。
そして兵庫、赤子を抱く志津、佐吉、志乃、勘三郎が土間に下り、戸を開け外に出た。
表の塀の片側半分が模様替えのため、その縦板が外され、残された柱が立っていた。
出かける者たちを見送るため、大工衆が手を休め寄って来た。
「皆さんが居る間には戻りたいと思います」と兵庫が言った。
これは聞きようによっては、「戻るまで居て欲しい」と同意になる。
「勘三郎さん、戻るまで千丸をお願いします」と志津が云い、千丸を差し出したが受け取るのを遠慮した。
「この子は多くの人に抱かれているので人見知りをしません。直ぐ戻りますから預かって下さい」と頼み渡した。
勘三郎は怪我の療養中を押上で過ごしたことがあり、千丸がどのように扱われているかを知っていた。それは子供たちは別として信頼する大人以外には預けることは無かった。
千丸を預けられた勘三郎の心中に熱いものが沸き上がって来た。神田庵を出て行く兵庫等を見送った勘三郎は、抱いた千丸を冷やさないように屋内に戻って行った。

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Posted on 2018/07/28 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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