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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第111話 落し所(その19)】 

 昼食後一服すると子供たちは後片付け、大人たちは持ち場へと移っていった。
少し遅れて兵庫が表口に出て行くと立てかけられていた神田庵の看板が見当たらなかった。
表に出ると脚立にまたがった水野粟吉が出来上がった看板を軒下に掛けていた。
看板は掛けているが、建物自体が通りから二間ほど引っ込んで建てられて居るため、看板の役割を殆ど果たしていない。看板のほぼ正面まで来ないと看板の文字を読むことは出来ないからだ。
 これは参道を入った所に建つ寺の山門に掛けられている寺の名を記した寺額に似ている。
料理屋だった頃は塀の切れ目の入口に暖簾も掛けていたのだろうが、金貸しの与兵衛の時には見えづらい軒看板だけだった。それで済んだのは特殊な客を相手にしていたため、看板を目立たたせる必要は無かったのだろう。
神田庵に名を変え掛けられた看板を見て、何を営む店か判る者は居ないだろう。
神田庵が何を目指して居るのか急に生まれたものでも在り、兵庫自身でさえ確固たる考えがあるのかも疑わしい。ただ兵庫は、神田庵は物品の販売ではなく、学問所であり習いごとの道場程度の思いは在った。
しかし、揺れ動いていたこともあった。それは、神田庵が受け入れる者たちのことだった。最初に受け入れようとしているのが、騙されたと云え吉原勤めをしている女であることは確かだが、その先のことまでは考えが及んで居なかった。
「先生、外から見て下さい」と彦次郎が言った。
言われるままに通りに出て看板を見ると、良く見えたが、兵庫はここにやって来る娘たちのことを考え腰を落として見ると看板の下端の額縁が、出入り口の前に目隠しに建てた網代塀の上端に隠れていた」
「粟吉さん。手前の網代に少し隠れるので二寸ほど上げて下さい」
看板が持ち上げられた
「こんなもんですか」と粟吉が確かめてきた。
「それで結構です」
兵庫の返事を待って、粟吉は軒の壁に印を付けた。
「後は頼みます。私は中の建付けなどを直しに行きますので、ここが終わったら上がって手伝って下さい」と塀の手直しを指示していた彦次郎が言った

 暫くして兵庫も中に入ると、彦次郎が佐吉や男の子たちと話し合っていた。
その中から一抜けしたのが佐吉で、欅の近くの廊下に座り、用意しておいた竹竿の先端に鋸の柄を挿入し、目釘穴を開け、目釘を打ち、竹が割れないように周りを縛りあげた。
長柄の薙刀のような鋸を作り上げた。
それを見ていた兵庫に、
「兵庫様、倒す時軒に触れそうな欅の枝を落として下さい。後で登りますので手掛かり足掛かりは残して下さい」
「分かった、任せてくれ」
こうして仕事を貰った兵庫は午後の仕事は始めた。
地表から届く範囲の枝については、兵庫の馬力の前には抗うことも出来ずに、地に落とされ、さらに表から運ばれて来た脚立も使い、頼まれた範囲の枝落としを済ませた。
 落とした枝を集め、束ね裏に運び、戻って来ると、兵庫の部屋に押上からお琴・甚八郎夫妻と女の子たち十三人、向島からは男の子たち十人が山口藤十郎や平田実深の保安方に付き添われ、やってきていた。
「女の子は一階、男の子は二階の床磨きを始めなさい」
と志津が命じると、子供たちは“はい”と返事をして出て行った。
「旦那様、皆様を案内して頂けませんか」
「分かりました。その前に言うのを忘れていたことを。入谷の竜三郎さんが千夏と小夜を返すので、もも、そで、そのを貸して欲しいと云って居ました」
「分かりました」
「それでは、案内してきます」

 兵庫はこの家に対しての知識の違う甚八郎、藤十郎、実深たちに共通の認識を与えるため、案内しながら、「知りたいことが在るのなら何でも尋ねて下さい」と云い、質問に応えた。
一階、二階、裏、表と巡り戻ってくる頃には、兵庫・志津夫婦が何故、この家に移ったことの共通認識が持てたのか、話題が過去から将来のことへと移っていった。

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Posted on 2018/08/08 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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