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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その10)】 

 凡そ四半刻ごとに脂粉を流し落とし風呂屋から戻って来る女は一旦自室に戻ると、己の化粧道具を手に兵庫の部屋に集まって来た。
そのあおりで、兵庫は部屋から追い出された。
 なぜ女たちが集まって来たのかには、訳が在った。
風呂屋に出かける時に、化粧を洗い流してくるように言ってあったのだ。その代わり町に出た時に化粧で人目を惹くことのない女らしい化粧を教えると伝えられて居たのだ。
集まった女たちの中には満足な化粧道具を持って居る者は居なかった。
それは、化粧は妓楼の用意した物を代償を払って使う者がほとんどだったからだ。
また持って居る鏡を見ると、錆が出ていた。
当時の鏡は青銅製の鋳物の表面を平らに磨き上げた上で、その上に錫と水銀アマルガムを塗る、いわゆる水銀メッキをした物だった。使用して居ると錆が出て来て見えづらくなるのだ。
「これは鏡研ぎの叔父さんが来たらお願いしましょう。それまではここか隣の部屋にある鏡を使って下さい。何よりもみんなで見て直してやることで、その方が化粧の腕前も上がるのですよ」
志津が話をしていると、障子が開き、いま風呂屋に行っていない女たちが入って来た。
「それでは始めましょう。すすきさんは左側から、かすみさんは右側から障子中央を見るように座って下さい。残りの皆さんは障子の方から見ていて下さい」
「今日は養育所の者たちが使って居る白粉(おしろい)を使います。この白粉は町で売って居る物に養育所で造った粉を適量混ぜたものです。のりが良いのです」
千夏と志乃が白粉を小さな鉢に入れ、水を差し溶き、更に米糊、香油を加えて均一になるように撹拌した。
「白粉は皆さんがこれまで塗って来たよりも薄く溶きます。白粉で肌を隠すのでなく肌の色を透かせて見せる化粧をするのですよ」
千夏と志乃が手を休めた。
「これから塗りますのですすきさんはかすみさんを、かすみさんはすすきさんを見ていて下さい。始めて下さい」
千夏と志乃は筆に溶いた白粉を付け、二人の顔に役者のように隈取を描いていった。
立派な隈取が描き上がると志津が、
「その辺で良いでしょう。鏡を見せて上げなさい」
千夏と志乃が手鏡をすすきとかすみの前にかざした。
「ご自分で白粉をすり込む様に伸ばして下さい」
すすきとかすみは言われるままに顔に白粉で描かれた隈取を己の手で伸ばしていった。
お風呂上がりの、どなたかお二人の顔と比べるので顔を寄せて下さい。
すすき組、かすみ組で一番若いこのはと、もみじが寄り添った。
「本当だ、姉さんたちの方が白い」
「旦那様が凍えてしまいます。この部屋での化粧はこれまでにし、あとは志乃さんの部屋でして下さい。それと明日、髪を結い直しますので洗い髪に櫛を入れておいて下さい」
娘たちが出て行くと、間を置かず兵庫が部屋に戻って来た。
「温かいですね」
「はい、娘たちが吉原暮らしの名残を脱ぎ捨て、洗い落とし、夢を見た頃の姿に戻り始めています。生まれ変わろうとしています」
「その生まれ変わりに手助けし、生まれ変わらせることが出来れば、それは養育所の子供たちも夢を見るようになるでしょう。養育所の将来のためにも頑張りどころですね」
二人の話は、隣から聞こえて来る女たちの笑い声が途切れた後も続けられていた。

 夕食を知らせる板木が打たれた。
「あら、もうこんな時間なの。千丸を・・・」と志津が云い部屋を出て行った。
志津が入ったのは隣の佐吉の部屋だった。
「佐吉さん、預けっぱなしで申し訳ありませんでした。迷惑をおかけしました」
「兵庫様で経験して居ましたので、それほど苦労せずに楽しませて貰いました。お忙しい時はいつでも使って頂ければ、有難いです」
「有り難うございます」
志津は千丸を受け取るり部屋を出ると、佐吉の部屋で食事を摂る男たちとすれ違った。
この時とばかりすれ違う子供たちは志津に接近し抱かれている千丸の頭を撫でた。
子供たちの後ろに、小間物の商いを終えて来た、元吉が居た。
「元吉さん、房枝さんと台所で食べなさい」
「構いませんか」
「ここでは人の幸せを邪魔する人は居ませんよ。冷やかされるのは我慢しなさい」

 志津が部屋に戻って暫くすると、千夏が兵庫の膳、房枝が志津の膳を運び「有り難うございました」と云い出て行った。
そして男衆に配膳を終えた二十人が膳を持って入って来た。
女たちは、髷を結わずに束ね垂らしたままで、座ると髪が畳に届いていた。

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Posted on 2018/08/31 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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