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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その12)】 

 嘉永六年十二月九日(1854-1-7)、一夜が明けた。
いつもと同じように、明け六つの鐘で起床した者、これまでの様に布団の中に留まった者が居た。
しかし、明け六つの鐘で目覚めた者たちが明け六つの鐘の音よりはるかに大きな音を立てた。
昨晩雨戸を閉めた子供たちが廊下に置かれた行灯の灯を消し、雨戸を開けていったのだ。
これで、二階でこれまで通り布団にくるまれていた二十人も起き始めた。
着替え、容姿を同室の四人で確かめ合って居ると子供たちの甲高い気合と竹刀を打ち合わせる音が聞こえてきた。
ほぼ同時に、北側と西側の部屋の障子が開き、廊下に出ると音のする中庭を見下ろした。
そこでは大人二人と子供五人が剣術の稽古をしているのが見えた。
それは素人目にも昨日今日の稽古で身に付けた者ではないと判る激しいものだった。
その激しい稽古が一分の女に鐘巻の名に秘められていた凄腕の剣術使いであることを思い出させた。
兵庫は過去に、吉原内で人を斬り取り押さえることが出来なくなった侍を四郎兵衛に頼まれ遠巻きする者の前で斬ったことが在った。鐘巻の名は隠されたはずなのだが、その剣名は吉原出の絶世の美女若菜を妻にした男に加え広まっていたのだ。

 一階に下り台所に入った二十人だったが
受け入れられたのは二組八人で残りの三組の内一組は乙女に連れられ表の掃き掃除に、残りの二組は千夏と共に志津の部屋に入った。簡易な髪型に結うためだった。
 結った髪型は所謂総髪に属するもので、後ろ頭頂部で髪を平打ち紐で束ね、垂れ下がった髪を肩辺りで再度束ねたもので今でいうポニーテールに似ている。
 結い上がった者は台所に行き、結って居ない者と交代させた。
こうして房枝を含め二十一人の髪を、千夏と志津で結い上げた。

 今日も朝飯に間に合う様に元吉がやって来た。
板木が打たれ朝食となり、それも終わり、房枝は小間物商(あきな)いに出かけていく元吉を見送ると、急ぎ台所へ戻って行った。
 昼には入谷から十六人の子供たちを迎えるため、料理の他に什器類も什器納戸から引き出さなければならないからだった。
そして兵庫は、勘三郎と荷車を牽き、入谷の子供たちと、その荷物を引き取りに稽古着姿で出かけて行った。

 兵庫が入谷の竜三郎の店に着き、入ると帳場に柳行李が積まれ、その留守番を兼ねてか、居たのは、日本橋馬喰町の旅籠・上州屋に旅籠修行に出ていた喜重、島吉、圭次の三人だった。
「修行は終わりましたか」
「はい、紋次郎(上州屋の主)さんが、お客様に満足して貰うためには、何よりもお客様の気持ちになって接することだと教えられました」
「それなら、ここで修行するより鐘巻先生の所で修行する方が…と云ったら、紋次郎さんがそれが出来るのなら戻りなさいと、追い出されました」
「もう教えることは教え終わったから、やってみろと云う事でしょう」
「そう云う事です。しかし、ここには女が竜三郎さんの奥さんしか居ない。仲居が居ないと店は開けないと、その奥さんが云って居ました」
「仲居なら、二人知っている者が居ますが使って貰えますかね」
「おくさ~ん。先生ですよ」
喜重が奥に向かって叫んだ。
その呼び声で出て来たのは奥に居た者全員だった。
「長い間、子供たちを預かって頂き有り難うございました。修行場所が確保できましたので引き取りに参りました」
「皆良かったね。さあ、お客さんの旅立ちですよ。喜重さん、島吉さん、圭次さん、荷物の積み込み縄掛けを手伝ってあげなさい。子供たちも下りなさい」おときが云った。
男たちが出て行くと、おときが兵庫の所に来て、
「先生、竜三郎が話が有るそうですので、上がって下さい」
「分かりました。神田庵まで三人をお貸しください。荷運びと保安のため、それと神田庵を見て貰っておいた方が良いので」
「どうぞ」
兵庫は荷運びのために戻って来た三人に、
「用事が出来たので、神田庵まで勘三郎さんに付き合って下さい」
「分かりました」
「勘三郎さん頼みます」
「分かりました」

 勘三郎の先導で子供たちが続き、その後ろに保安の一人、しんがりを荷車が従い、ゆっくりと竜泉寺町の神田庵に向かって行った。
それを兵庫、竜三郎、おときが見送った。

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Posted on 2018/09/02 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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