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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その17)】 

 中之郷を出た兵庫、勘三郎、佐助、梅次郎の四人が船宿浮橋に着いた。
入口には見覚えの在る行李が背負子に括り付けられ置かれていた。
「番頭さん、旦那は不在ですか」
「稽古着に着替え飛び出て行きました。鐘巻様のところでは無かったのですか」
「おそらく定廻りの坂牧さんを追いかけ、探して居るのでしょう」
「それならいいでしょう。お役人に追いかけられたらお終いですからね」
「冗談話はその辺にして、おみよさんと永吉親子、おしゅんさんと富吉親子を迎えに来ました」
「奥様に挨拶に行っていますがもう出てきます」
その言葉通り、奥から母子(ははこ)が手を繋ぎ姿を現した。
「駒形までですが駕籠を呼んでありますので使って下さい」
「有り難うございます。使わせて頂きます」
 兵庫を先頭に駕籠に乗った母親、子供と手を繋ぐ佐吉と梅次郎そして荷を担ぐ勘三郎と続いて歩き、駒形までやって来て
駕籠を下りたふたりの女に、兵庫が言った。
「ここが駒形の養育所で現在十歳を超えた男の子たちが暮らしています。中に入り少し休みましょう」
歩いた子供を休息させるために寄ったのだが、その必要はないと思われた。
四人は経師屋の空間、調度屋の品物、台所、裏庭、二階に上がり学ぶ子供たちの姿を見て、駒形を出た。
「隣の継志堂も養育所の商いです」
「ケイシドウと読むのですか。お医者様に頂いた薬の袋に書いてありました」

 一行は、聖天町には寄らずに浅草寺北側の道を西へ進み、下谷竜泉寺町の神田庵に入った。 
迎え出たのは多くの女だった。そしてその集まりが割れて、志津が男の子を引き連れ現れた。
「いらっしゃいませ。鐘巻の妻・志津で御座います。お疲れでしょう。部屋に案内致しますのでお上がりください」
「勿体ないお言葉、何なりとお申し付けください」
「永吉さん、富吉さん、ここには男の子は五人しか居ないけれど、論なことが出来るので遊んで貰いなさい」
「はい」「はい」と行儀よく応えた。
「文吉、観太、大助、皆さんを部屋にご案内しなさい。佐助、梅次郎、ご苦労様でした。荷物を運んであげなさい」

 子供たちが案内した部屋は、神田庵の東側二階だった。
そして部屋に入り、この部屋と隣の部屋を使って下さい。
部屋の作りは西側とほぼ対象なのだが、違うのは東側の部屋には生活の跡が色濃く残されていたことだった。
神田庵は十年以上前の料理屋時代、東棟は一階も二階も働く者たちが占有する場所だったと思われた。
部屋はその生活の跡を残したまま、子供たちに依り掃除され磨かれていた。
さらに部屋には間仕切りのために衝立障子が置かれていた。仕切られた奥を寝所など私的な場として仕えるようにするためだった。
この衝立障子は異国船来航時に戦支度が揃わない貧乏武家のために鎧とは言えないが、より実践的な鎖帷子・籠手、脛当て、鉢巻きを売り出した時に、着付けて確かめるための売り場だった道場内に小部屋を作るために間仕切り用に造られた物だった。
「あの衝立障子の下の方は私とお玉ちゃんとで貼ったんだよ」と懐かしかったのか大助が言った。
「荷を解いている間に声が掛かると思います。それまでこちらと隣の部屋でお待ちください」と文吉が伝え一階に下りていった。

 束の間、二階に案内して戻って来た五人の男の子たちが見たのは、稽古着から着流しに着替えた兵庫が勘三郎と出て行くところだった。
「兄上、お気をつけて・・・」と事情を知る佐助が見送った。
兵庫は振り返らず「心配するな」と一言残して神田庵を出て行った。

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Posted on 2018/09/07 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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