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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その21)】 

 橋の両詰めで、どのような話し合いが持たれたのかは定かではないが、橋を渡り始める者が暫く途絶えた。
そして西詰から提灯の火が動き始めた。遊興客に化けた山中碁四郎が橋を渡り始めたのだ。
少し間を置いて両詰めから一つの提灯に数人が寄り添い渡り始めた。
碁四郎は橋のほぼ中央を小股で草履をつっかけながらせかせかと急ぐ様子を見せ、歩いて居た。
 橋の欄干から暗い大川に浮かぶ船の漁火を眺めていた男が、振り返ると近づく碁四郎の前に立った。
碁四郎がとっさに左、右と動けば相手も素早く碁四郎の前を塞いだ。
「急いでいるのです。何か御用でございますか」
碁四郎は、持って居る提灯を相手の顔に近づけて聞いた。
「お手間は取らせません。懐の物を頂きたいだけです」
「これは、長年かけて貯めたものです。渡せません」
賊はニヤ笑いを浮かべ、己の懐を覗かせて見せた。そこには匕首が潜んで居た。
 碁四郎は踵を返すと逃げ出した。
しかし、立ちふさがる数人の男たちが現れた。
碁四郎はその隙間を狙って走ったが逃げ道を塞がれた。
尤も碁四郎とすれば相手が何人かを確かめるための行動で、十人居ることが判った。
「相手は十人、刃物を持って居る。歯向かう者には遠慮をするな」とさけび、
碁四郎は振り返ると、一番最初に前に立った男に突っかかっていった。
その勢いに男は懐の匕首を抜いた。
碁四郎は右手の提灯を放さず、左手で右腰に差した鉄扇を抜いた。
この鉄扇は父・源太夫が源三郎と名乗り市井での女・お蔦(今は浮橋に住む婆さん)と暮らして居た頃、使っていた物で、喧嘩に強いので鉄扇の源三郎の名で知られていた。
 男は匕首を突き刺して来たが、簡単に交わし、鉄扇が男の額を打っていた。
男は昏倒したが、それが幸運だった。
他の九人は、匕首を抜いたために侍衆に小手を棟打たれ、その後は四倍する男たちに殴り倒されたのだ。

 後ろ手に縛られた十人は、深川永代寺門前町の涛屋に連れて来られた。
十人は土間に座らされ、怯えていた。
「私は中川彦四郎と申します。斬られ彦四郎と呼ばれることも在ります。脅すわけでは在りませんが、ここは橋の上とは違い誰も見ていない。素直に正直に応えればこれ以上の制裁はしないで帰してやる。分かりましたか」
男たちは瓦版でその名を高めた彦四郎のことを忘れてはいなかったので、観念したのか、頷き返した。
「それでは聞く。この中で此度の首謀者は誰だ」
九人の男たちの目が一人の男に注がれた。
「やはりあんたか。あんたの額に瘤を作ったのは町道場の師範でも勝てない侍だよ。その程度の怪我で済んだのは運が良かったな。他の者たちの中には小手の骨にひびが入った者も居るだろう。ただ、斬り落とさなかったことには感謝をしろ」
これにも男たちは頷いた。
「それでは聞きます。あんたがたが永代橋近くの者でないことは、地元の者たちの話で分かっている。皆がつるんでやって来た裏には、永代橋にお宝が落ちていることを教えた者が居るとしか考えられない。教えた者は誰か聞かせてくれ」
男は歯を食いしばるように口をつぐんだ。
「鐘巻さん。どうしますか」と彦四郎が尋ねた。
「気の毒ですが、このまま解き放ちましょう。縄を解いて見送ってやりましょう」
 十人の縄が解かれた。
そして目の前に奪った匕首が返された。
「二度とこの辺りに顔を見せないことだな」と彦四郎が念を押すように告げた。
 十人が出て行くと、様子を見ていた者の多くが、不思議そうに兵庫を見た。
「皆さん、あの十人を懲らしめたので暫く永代橋に賊は出ませんよ。私たちの目的は果たしたのです。ご苦労様でした。今夜は志津が一席を設けて居ますので、新しく手に入れた神田庵にお越しください。遅ればせながら女の修行を始めた方々が二十人ほど居ますので、独り身の方、その親代わりの方々もお越しください」
 兵庫が出て行くとその後に多くの男たちが従った。
涛屋に残り見送ったのは、山中碁四郎、根津甚八郎、中川矢五郎。彦四郎親子、山口藤十郎、平田実深の妻の居る男たちだった。
「どう成ると思う」と矢五郎が云い、息を吐いた。
「昨日までやって来た者が一人も来ずに、代わりに新参者が十人も来ました。何の関わり合いも無いとは思えませんね」と碁四郎が言い、
「今日やって来た者にすれば、大ぜいに囲まれ袋たたきですから、嵌められたと思うでしょうね」と甚八郎が付け足した。
「私なら、この話を持って来た者の所に行く」と平田がいった。
「そうだな、耐えられない噂を広げられる前に禍根を断つのでは」と山口が話を締めた。
「皆さん、私と彦四郎で後は見届けますので、戻って下さい。顛末は明日にでも届けます」
涛屋から全員が出たが、永代橋を渡ったのは矢五郎・彦四郎親子だけだった。

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Posted on 2018/09/11 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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