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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その32)】 

 世の中から見捨てられていた子供たちにとって、恐ろしいのは大人ではなかった。それは同じ年頃の子供たちだった。つねに容赦のない、いじめの対象にされて居たからだった。
養育所に保護され、飢え、寒さの身体的な苦痛から解放されたのは喜びであったが、それ以上の物を得ていた。それは安心だった。
 特に男の子たちにとって、剣術の稽古姿に成っての外出の折りにはただ整列しての歩き、あるいは早駆けに、恐ろしかったいじめっ子の方が避けたのだ。
養育所では浮浪の子供たちを飢え、寒さをから解放し、逃げ回る必要のない安心を与えることで、これまでに出来なかった学問などに専念させたのだ。
 子供たちは侍の子として躾けられることを苦痛とは感じなかった。
その苦痛はいじめによるものではなく、自ら望んだ修行であり、足の痺れで立て無くなれば互いに笑えたからだ。
男の子たちは、侍の子以上に剣術の稽古に励んだ。
その良い手本が文吉だった。その強さは町道場で大人に交じっても引けを取らないまでに腕前を上げていた。
その文吉の師であるのが、子供たちが兄と呼ぶ兵庫だった。
子供たちにとって兵庫は誉れの兄だった。
兵庫との稽古では、一心不乱に時の過ぎるのを忘れて兵庫に挑みかかった。
その稽古が終わる切っ掛けは、涛屋に行った文吉が、音吉、佐助、梅次郎を連れ駆け戻り、廊下を踏み鳴らす大きな足音だった。
「稽古はこれまで、明日の朝もやるぞ」と兵庫が言い稽古が終わった。

 兵庫が部屋に戻って暫くすると、男の子たちがやって来た。
音吉(八歳)、佐助、梅次郎(十歳)ご苦労様でした。
「兄上、涛屋の様子を窺いに来た者は見当たりませんでした」と佐助が果たした用の結果を告げた。
「何も無いのが良い便りです。音吉、ここに来て皆の修行場所を少し変えています。熊五郎、虎次郎、大助を中之郷元町に変えました。音吉も中之郷に行き皆と力を合わせ、冬になって仲間に加わった子供たちの修行の手助けをして下さい」
「分かりました。有り難うございます」
「梅次郎は駒形で頑張って下さい」
「はい、頑張ります」
「皆、今夜と明朝の食事はここで食べなさい。佐吉爺さんと勘三郎さんにもここで食べるように伝えて下さい」
「はい」
男の子たちが出て行き、暫くすると志津が千丸を抱き、佐吉と勘三郎と部屋に入って来た。
それを待って、夕食を伝える板木が打たれた。
そして、かすみ、こがね、すぎ、もみじ、この四人が大人四人の膳を持って部屋に入り、配膳して戻って行った。これは吉原から引き取られた女たちの修行の一環だが、客が不在となると、この家に住む大人に対し行うことに成ったのである。
次に、自分たちの膳を持って入って来たのは神田庵で修行することになった十二人の女の子たち(サザエ・アマモ・アラメ・もも・そで・その・桔梗・萩代・お吉・かえで・まゆ・千夏)で、さらに、男の子たち八人(文吉・音吉・佐助・梅次郎・霧丸・雲丸・在吉・勘八 )だった。

 その時兵庫の部屋に居る者の他に神田庵には吉原から引き取られた女、房枝と他に二十人、吉原の年季が明けてやって来た女・珊瑚、聖天町の仕舞屋に居た女・乙女、それと、以上の女たちに学問や作法を教えるために押上から志津と共に来た志乃、更に深川の涛屋から仲居の仕事を教えるために招かれたおみよ・永吉親子、おしゅん・富吉親子がいた。
いや、もう一人、房枝を嫁にしようとしている小間物屋の元吉が夕飯を食べに表の上り口に控えていた。

 先ず二十人の女たちは互いに盛り付けた膳を、教えられた作法に従い二階の自室に運んで行った。あたかもそこには客でも居るかのように・・・。
そして、珊瑚、乙女、二組の仲居親子、志乃たちは膳を志乃の部屋に運び、台所には房枝が残った。
房枝は、元吉を呼びに表の上がり口へと向かった。

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Posted on 2018/09/22 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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