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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第112話 一抜けた(その33)】 

 養育所の夕食時間は凡そ七つ半頃で陽が沈む前である。
房枝は薄暗い上がり口で待つ元吉に
「お待たせしました。今日のご飯は私が七輪で二人分炊きました」
「それは楽しみです」
二人はこの家で一番ぬくもりの残って居る台所に来た。
七輪に掛けてある鍋から湯気が上って居るのを見て元吉が
「炊けて居ますね」と熱が届く辺りに座った。
「これは味噌汁ですよ。七輪一つでは手順が大切なのですよ。今日は最初にご飯を炊き、御櫃に移し更にこちらに“いずみ”に入れました。お魚を焼き、焼けた魚も冷めないように網の端に移し、網の上に見知汁の鍋を掛けたのです」
「なるほど、鍋を挟んで開きが乗って居る訳が分かりました」
 房枝は既に香の物、煮物が乗って居る膳に、飯を持った茶碗を乗せ、汁を椀に装い、皿に焼いた魚の干物を乗せ膳に置いた。
「召し上がり下さい」
「一緒に食べましょう」
房枝はその言葉を待って居たかのように、自分の膳にも盛り付けた。
そして、二人は食べ始めた。
 この光景がいつまで見られるかは房枝しだいだった。ここを出た後でも学びたいことが在れば受け入れることは告げて在った。
そもそも元吉が竜泉寺町に近い武家屋敷の貸家を借りたのは己の都合ばかりではなく、房枝が神田庵に通うことも考えてのことだった。
 二人はあまり語らずに膳に乗って居る物を口に運んだ。
暫くすれば二人が居る台所には四十以上の膳が運ばれてくるからだ。
「旨かった」と元吉は言い、自ら茶を注ぎ、最後の余韻を飲み干した。
「それではまた明日」
元吉は空になった弁当行李を渡し立ち上がった。
そして房枝は帰るのを見送った。

 江戸の暮らしで最も忙しいのは日没前である。光の在る間に仕事を終わらせるためだった。油もローソクも安くはなかったからだ。
 房枝が洗い物の仕分けをしていると、台所に一番近い志乃の部屋から女たちが自分の膳を持って出て来た。台所に膳を置くと兵庫の部屋へ向かった。大人の膳を下げるためである。その兵庫の部屋からは男の子たちに続き女の子たちが己の膳を台所へと運び出していった。その流れとは逆に四人の女が兵庫の部屋に入り残されていた膳を運び出していった。
台所の男の子たちは仕分けされた洗い物の入った岡持を下げ、裏の洗い場に出て行った。
 二階登った二十人の女たちは、下げる膳でさえ掲げ持ち、台所への部屋暖簾を潜るまで歩調も乱さぬように努めていた。
将来が見えない間は、何処に行っても通用する作法を身に付けるよう指導されるのだ。
その様に戻って来たすすきだが、房枝に
「七輪で炊いたご飯と味噌汁、元吉さんは何て言った」
「美味しかった」って言ってくれました。
「私も覚えないと」とすすきが声を上げると、傍で話を聞いていた珊瑚や乙女も、
「私も・・・」「私も・・」と相槌を打った。
 この時点で、すすきも珊瑚も乙女も嫁ぎ先が決まって居たのだ。
「はいはいはい・・日が暮れてしまいますよ。その話は後ほどにしましょう」と志乃が手が止まり口が動き始めた女たちの尻を叩いた。
女たちの顔に笑いが生じていた。

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Posted on 2018/09/23 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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