FC2ブログ

10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第113話 極月(その1)】 

 暮れを迎えるのに先立ち、浮浪の子供たちを飢えと寒さから救い出そうと始めた活動では予想を上回る子供たちを収容することが出来た。
その活動の中で起きた成田屋事件を切っ掛けにして、騙されて吉原へ売られた女たちが居ることが発覚した。
兵庫はこの事実を成田屋が残した帳簿を元に吉原側に示し、その時点で未だ吉原に居た二十一人を神田庵に引き取った。
兵庫が急速に増えた子供たちを養育所への受け入れ、再配置を終わらせ各養育所としての再始動が始められた。

 養育所が落ち着きを取り戻してきているのだが、兵庫は深川の涛屋で開いて居る子供預かり所が気がかりだった。
子供を無料で預けられ親としてはそれだけで有難いのだが、預かり所の目的が子供を預かるだけではなく教育し、自立できる力を養わせ、親の貧困が子供の貧困への連鎖を断ち切ることにあった。
先日まで、預かった子供たちに遊びながら学ばせるため音吉が居たのだが、今は中之郷元党の養育所に移した。それは遊びながらではなく学びを優先とした子供たちの世話をするためだった。音吉の代わりに誰を涛屋に送るかが悩みだった。

 嘉永六年十二月十二日(1854-1-10)明け六つ前
「涛屋に子供の世話をしながら学ばせることが出来る子を送らねばなりません。音吉の代わりに誰を送れば良いのか迷って居ます」と鐘が鳴るのを待って居る志津に話し掛けた。
「迷うほど人は居ません。勉学が進んでいて一番若いまだ六歳の大助が良いのではありませんか。中之郷に置いておいても、新しい知識を得られるような機会は少ないでしょう。中之郷の助手は音吉、熊五郎、虎次郎に任せれば良いのではありませんか」
「大助のことは私も考えたのですが、中之郷には大助と同じか幼い子、豆吉(六歳)、浅次(五歳)がいて未だ遊びたいのです。それと来年には押上の養育所に預けられている
源五郎と蟹が五歳になり、中之郷に移ることに成ります。その時、大助が居た方が良いと思って居たのです」
「そうですね・・・大助と一緒に豆吉と浅次を行かせたら如何ですか」
「それは妙案のような気がします。二人に確かめてみます」

 明け六つの鐘が鳴ると兵庫は稽古着に着替え廊下に出ると雨戸を開け始めた。兵庫が六間廊下の雨戸を開け終わるころ、二階の雨戸が二階に寝る女たちの手で開けられ始めた。
少し遅れて出て来た佐吉が廊下の辻に置かれていた行灯の灯を消し、行灯部屋に仕舞う。
兵庫は千丸のおしめを洗いに裏の井戸へ向かった。
この時点で神田庵には老若男女合わせて四十五人が暮らしているが男は赤子・子供を含めて七人で、神田庵は女の修行場所に成って居る。
その女たちも何かの役割を果たすために動いている。

兵庫は洗濯し干すと剣術の支度をして中庭に下りた。そこでは既に保安方の勘三郎と富五郎が稽古を始めていた。
この二人は刺客として竜三郎を狙って深川の旅籠浦島に押し入ったが、それを果たす前に兵庫と碁四郎の名を聞き、敵わぬ相手と二階から飛び降り逃走を図ったが、足を折り、あろうことか兵庫の元で治療・療養をし、養育所の一員として働くようになった男である。
 怪我は見た目完治して居る。兵庫と稽古をし、改めて、逃走しことが正しい選択だったことを感じさせられていた。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2018/09/26 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tokinotsuribito.blog79.fc2.com/tb.php/3628-2b7ac51d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)