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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第113話 極月(その3)】 

 網吉はこの日が来ることを予期して居たのか、少ない私物は整理され柳行李に納められていた。他に嵩張る物は剣術の道具類だが、それとて一度で運べるようにまとめられていた。
網吉は二階から柳行李を下ろし、二階に戻り衣桁に掛けられていた地天の半纏を羽織り、剣術の道具を担ぎ下りて来た。

 昼を告げる正午の鐘の音が聞こえて来た。
「先生方、お昼は・・・」
「握り飯を持参して居ます」
「それでは茶を淹れましょう。他の子供たちは膳を取りに来なさい。ご飯も蒸れて美味しくなっているよ」 
そして、昼飯は終わった。

 この日涛屋の主・重吉は仕事で出ていた。
「御上さん、永らくお世話に成りました。旦那に宜しく伝えて下さい」
「分かって居るよ。ご苦労だったね」 
網吉が涛屋を出て行くことに誰もが驚かず、挨拶も終わった。

 涛屋を出た兵庫と網吉を涛屋に居た一枝と子供たちが見送った。
大八車を牽き一の鳥居へと進む網吉の姿は目立った。久しぶりに着た地天の半纏が町の保安のために働いた男を思い出させたからだ。ただその姿は荷を引き出て行く姿でもあった。
お里が居る永代屋の前を通り過ぎる時も網吉の歩調は変わることはなかった。

 網吉が向かった先は大川を渡り深川と離れた浅草の地だった。
「網吉さん、ここで修行をやり直してください」
「えっ?・・・船頭修行ですか」
そこは山中碁四郎が営む船宿・浮橋だった。
「それは分かりませんが山中さんが任せてくれと云って居ましたから楽しみにして下さい」
 浮橋に網吉の荷を下ろして居ると碁四郎が姿を見せた。
「網吉さん、修行場所はここでは在りませんので、荷を大八に乗せて下さい。案内します」
荷を乗せた大八が動きそして止まったのは同じ平右衛門町に在る風呂屋・富士の湯の前だった。
「網吉さん、ここは私が修行した所です。荷を下ろして下さい」
「網吉さん、碁四郎さんはここで修行して、今の奥さんと船宿を手に入れたのです。嘘では在りません」
「嘘とは思いませんが、山中先生、何の修行をすれば良いのですか」
「しいていえば、相手の心を読む修行です」
いま一つ納得がいかない網吉だったが、大八の荷を解くと、碁四郎が柳行李を担いだ。
「兵さん、後は任せて下さい」
「頼みます」と兵庫は空に成った大八を牽きながら遠ざかっていった。
その後姿を恨めしそうに見ていた網吉だったが、碁四郎の後を追い富士の湯の暖簾を潜った。
「およしさん、仙吉(風呂屋の主)さんに頼まれていた、二階の住人を連れてきました。網吉さんです」
およしは網吉を見て、
「また、二階が騒がしくなりそうな・・・元湯上りの旦那さん(昔、碁四郎が呼ばれた)、新しい方を二階に案内して下さい。仕事場に出る時の決まりも教えて下さいね」
「任せて下さい。お駒さんらはもう来てしまいましたか」
「はい、でも雀さんとひばりさんは未だです。そろそろ来ると思います」
「網吉さん、修行です。二階に行きましょう」
「私は碁は打てませんよ。第一女湯から二階に上がれるのですか」
「仕掛けが在るのです」
女湯の階段を上がって行くとそこには小部屋があった。
「ここが網吉さんの寝床です」
「寝床は良いのですが、いやに白粉臭いですね」
「ここで着替える人が居るのです。少し高価な物を身に付けて来る者が居るので盗まれないためです」
「と云う事は私は番人の修行をするのですか。相手の心を読む修行と先ほど言われましたので、相手とは盗人のことですか」
「違います。修行するので着替えましょう」と碁四郎は云い着ているものを脱いでいった。
碁四郎に倣って網吉も脱いだ。
「何に着替えるのですか」
「しいていえば、下帯を代えるぐらいです。下りる時は乾いた物にして下さい」
 その時、「湯上りの旦那が居ていますよ」とお由の声が聞こえて来た。
そして階段あがって来る足音がして、雀とひばりが顔を見せた。
「碁四郎さん、久しぶりです。こちらは?」
「雀さん、ひばりさん、こちらは網吉さんです。宜しくお願いします」
「こちらこそ。のちほど宜しくお願い致します」
二人は男の目を気にすることもなく帯を解き着ているものを脱いでいった。
薄物一枚に成ると持って来た物を持って降りていった。
「先生、あの人たちは?・・」
「柳橋、都鳥の芸者さんですよ」
「のちほど宜しくと云って居ましたが・・・何ですか」
「私たちが仕事着に着替えていたから、相手も気にせずに着ているものを脱いだのです。三助が仕事です」
「そう言えば聞いたことを思い出しました。冗談と思って居たのですが本当だったのですね」
「裸の女を見、背中を流すと、女を見る目が肥えますよ」
「これは私の治療・療養のためですね」
碁四郎は笑って応えた。

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Posted on 2018/09/28 Fri. 04:01 [edit]

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