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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第113話 極月(その13)】 

 若林忠衛門、早苗の隠居夫婦が富五郎と下男の五平を供にして神田庵にやって来たのは夕食少し前だった。
来客を知らせる板木が打たれ、待って居た兵庫が出迎えた。
その脇では、富五郎が背負子に乗せ運んできた荷を、五平が背負ってきた荷を下ろすと、今度は勘三郎も加わり、荷を隠居に宛がわれた部屋に運んで行った。
その後を、兵庫と若林の隠居夫婦が従っていた。
部屋に入ると荷を奥の部屋に運び込んだ男たちが戻って来るのとすれ違った。
「五平、無事着いたことを知らせて下さい」
「はい、大旦那様」

 部屋に残された隠居夫妻に
「この家には人が暮らした跡は殆ど在りませんでした。落ち着かない家ですが、どこか旅をしている気分でお過ごしください」
「楽しませて頂きます」
「暫くしますと夕食を知らせる板木が打たれます。食事は私の部屋に用意しますのでお越しください」
兵庫はそう言い残し障子を閉めて戻っていった。

 部屋の前まで戻って来た兵庫は部屋に入らず廊下に座り、夕暮れ迫る中庭の上の狭い空を見上げ、時の流れるのを待っていた。時が少し流れて板木が打たれた。
立ち上がった兵庫は部屋の障子を全開し、閉めずに奥へと進み、上座を空け脇に座った。
待つこともなく隠居夫妻が姿を見せた。
「どうぞ此方へ」と、上座へ招いた。
隠居夫妻が座に着くと、廊下に志津が戻って来て廊下に控えていた佐吉から千丸を受け取り兵庫と向かい合う様に早苗夫人の近くの脇座に、佐吉は下座に座った。
それを待って、膳を掲げた女五人が入って来て配膳し出て行った。
入れ替わり、己の膳を持った娘たちが次々と入って来て座に着いていった。
そして、障子が外から閉められた。

 忠衛門は午前中に来た時、この家には四十五人居てそのほとんどが女であることは聞いていたが、昼飯前に帰ったため目の前の光景は初めてで、目のやり場に困った。
それは隣に座る妻の早苗にとっても、経験の無いことで心地のよいものではなかった。
あどけなさが残る娘たちなのだが洗練されていて、仕草に可愛らしさが欠けていたのだ。
しかしそれは、兵庫より上座に座る客の存在がそうさせたのだった
「みんな、ここに居られる方々は若林忠衛門様と奥様の早苗様です。年内いっぱいは共に暮らすことに成りますので、お客様としてではなく、少し若いですが御爺様、お婆様として接して下さい。その方がご飯も美味しく食べられますからね」
これで、子供たちの緊張が解け伸びていた背筋も緩んだ。顔も緩み可愛らしさが戻った。
 こうして緊張の解けた食事が始まり、そして終わった。
始まる時が満ち潮なら、引き潮の様に部屋から人影は消えていった。
「私は暫くしたら阿部川町の様子を見て戻って来ます。ご隠居は明るい内にこの家を巡り確かめて下さい。なお、六間廊下に面する部屋と帳場脇の部屋は住人が居ます。それ以外は厠、納戸などですから開けて確かめて下さい。風呂は沸きましたら知らせますので入って下さい」

 隠居夫妻が部屋を出て行くと志津が
「おしゅんさんとおみよさんからですが倅の栄吉と富吉を中之郷で修行させて欲しいと云って来ましたので、受けておきました。
「それでは、明日、中之郷経由で深川の餅つきに行きましょう」
「その様に、伝えておきます」

 それから四半刻後、帰りの提灯を持った兵庫は阿部川町にやって来た。
しかし、真っすぐ若林家には行かずに、建ち並ぶ武家屋敷の通りを巡り始めた。そして最後に若林家の表門がある通りに入り歩いていくと、「先生」と声が掛かった。
声の主は屋敷の外の様子を見張る役目の網吉だった。
「何か在りましたか」
「気に成る者は姿を見せていません。若林家に入った者は身内の棒手振りと同じく門を直しに来た身内の大工ぐらいです」
「それは暇ですね」
「仕方ないでしょう万が一の話ですから」と兵庫を見た。
「修行だと思って頑張って下さい。ところで控え場所は?」
「角の辻番に矢五郎の旦那が金を使い確保してくれました」
「それでは身内その三の云い出しっぺが若林家に入ることにします」

 兵庫が若林家の脇の潜り戸を押したが開かない。
「戸を叩き、鐘巻です。平九郎に用が有って参りました」と、おとないを入れた。
待たされず戸が開き三五郎と五平が顔を見せた。
「先生、どうぞ」
屋敷内の会所に成ったのは主が居なくなった隠居部屋だった。
「お揃いですね」
「これから平九郎が夜遊びに出かける所です」と当主の進之助が云った。
「碁四郎さんの出番ですか」
「そうです。船宿で女が待って居ますので。それでは行って来ます」
碁四郎が潜りを抜けて外に出ると、五平が
「平九郎さま、早く帰って来て下さい」と叫んだ。
その後、兵庫は皆が役割を果たそうとしているのを確かめると、提灯に火を入れて貰い神田庵へ戻って行った。

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Posted on 2018/10/08 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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