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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第113話 極月(その19)】 

「それと見張るのではなく、決まった時刻に平右衛門町を回る棒手振り一人を、独り者の男が買いそうな・・例えば・・」
「にぎりめし」 
「そう、それ・・・兎に角、怪しまれずに裏店に入り、声を掛け、売れた数でおおよその人数も判る。そうした物を売り物にして下さい」
それは私がしますので、平右衛門町を案内してください」と向島住人の大二郎が名乗り出た。 
 こうして阿部川町の見張りと、平右衛門町の見張りを二十五日夕刻まで続けることが決められた。

 嘉永六年十二月二十日(1854-1-18)、兵庫と志津は駒形で餅つきをした。
そして、最後のもちつきが、嘉永六年十二月二十一日(1854-1-19)に神田庵で行われた。
餅つきは台所の土間と中庭の二か所で行われた。臼は養育所の物と神田庵が料理屋であったころに使われた物だった。つき手は特に誘ったわけではないが、手隙の男たちが入れ替わりやって来て、餅をつき帰っていった。
 この二日間で晦日の残党と思われる者たちに新しい動きは無かった。ただ平右衛門町の裏店を借りた二人の部屋が独り者が暮らす九尺二間ではなく、二間の所帯持ちの住むものだったこと。二人が特に働いて居ないこと。その割には金回りがよいこと。既にひと月近く住んでいることなどが分って来た。

 そして更に二十二日が過ぎ二十三日も陽が傾きはじめ漸く変化が現れた。富士の湯の二階で碁を打って居る碁四郎の目にいつもの二人の他に五人の男たちが車座になり話している様子が映ったのだ。
そして、碁四郎が碁を打つ碁盤を囲う湯客の姿の多さが、車座に座る男の一人の目に留まっていた。
その一人が、
「あとどのくらい」
「半刻ほどです」
「それでは時間を潰してくる」と云い、立ち上がり人の群れている碁盤に歩み寄っていった。
「次、私に打たせて頂けますか」と男が碁盤に向かって言った。
「構わないですけれど、賭け碁ですよ」
「どのくらい賭けるのですか」
「私共は負けても勉強させて頂いて居るので一朱です」
「それでしたら勉強させて下さい」
「嘉吉さん、若いお方の碁を見せて貰いましょう」
「先生、有り難うございました」
「有り難うございました」
碁石を片付けた碁盤の上に置かれていた一朱銀を碁四郎は巾着に納めた。

 碁四郎の前に座った男が
「私は四郎と申します宜しくお願い致します」
「私は山中碁四郎と申します」
「賭け金を増やしたいのですが」
「構いませんが、私の持ち金は二分と一朱しか在りません。それで良ければ」
「私は十両ほど持参して居ますが、何か形に成るような物をお持ちでは御座いませんか」
「持って居ますが、十両では足りませんよ」
「いまここにお侍様はお一人、あのお刀はそれほどの物でしたか」
「無名ですが同田貫です」
「同田貫ですか。確かに足りませんね。それではその髷では如何ですか」
「この髷がたったの十両ですか。髪が伸びて髷が結えるまでに何か月もかかります。私は今日既に二分稼いでいます。十両などひと月足らずで稼げるのです。あちらのお仲間から私の髷代に見合う金を集めて頂けませんか」
碁四郎の声は“あちらのお仲間”にも聞こえるので皆が懐の巾着から金を出し集めて持って来た。
「四郎さん、十一両三分三朱在ります。足りるか判りませんが使って下さい」
「山中様、ご覧の通りですが出せるのはここまでです」
「足りませんが、それで手を打ちますが、その代わり切られた髷は私の物にして貰います。女に売れますので」
「面白いお方です。それで私も手を打ちます」

 四郎の先番で碁が始まった。
総じて四郎も碁四郎も早打ちだった。
四郎は碁四郎を甘く見ていたため碁四郎の早打ちに付き合ったからだが、手が進むうちに四郎の打ち手が遅く成っていった。そして手が止まった。
未だ打つ場所は多く有ったが、形勢が不利なため逆転の一手を探さなければならなかった。
打っては考えを繰り返して居ると、網吉が火を灯しにやって来た。
「もうそんな時刻か」
「はい、予定の半刻の時間はとっくに過ぎていますよ」と碁四郎が言った
「打ち掛けにしては貰えないだろうな」
「はい、出来ません。でも賭け金はいただきません」
「何故だ」
「こちらのご老人から頂いた一朱には喜びが在るのですが、皆様がお出しの二十一両三分三朱には悲しみが強く感じられます。皆様がこの金をどのような仕事をして得たかは知りませんが、持っては我が身に不幸が起きる予感がしますのでお返しするのです」
「理由は兎も角、返すと云うのなら返して貰うよ」
四郎は己の出した十両を懐に、仲間が出した金は仲間に戻し、湯屋の二階から下りていった」

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Posted on 2018/10/14 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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