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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第113話 極月(その33)】 

 碁四郎は久坂を見送ると、
「丞(すすむ)さん、駿河台から来た侍でしょ。姓は?」
「あれ? もう分かってしまいましたか。山崎ですが、この格好で居る時は丞でお願いします」
「荷物は?」
「商売道具の包丁や砥石です」
「見せて貰えますか」
「構いませんよ」と包みを解き、箱のふたを開けた。
「よく手入れしてありますね。取りあえず研ぎ師として働いて下さい。女は冷たい冬は研ぐのを嫌がるので」
「私も好きでは在りませんが、置いて頂けるのでしたら・・辛抱します」と笑った。
 碁四郎は台所で働く者たちに、
「こちらは丞さんです。料理人ですが都合が在り正月から働いて貰います。暫くは空いた時間を研ぎ師として働いて貰います」と告げ、丞の包丁を見せることで、受け入れられた。

 碁四郎は丞を湯屋・富士の湯に誘った。
湯屋の高座(番台)に座るおよしに、
「こちら浮橋で雇うことに成った丞さんです。網吉さんの部屋に上がることも在るので宜しくお願いします」
「丞さん、およしです。宜しく」
「丞です。宜しく」

 女湯の方から二階に上がると、隠し部屋が在る。
そこは柳橋芸者の脱衣所だが、三助修行中の網吉の寝床にもなって居る。
そこには寝ている網吉が居たが、階段を上る足音で目覚めていた。
「網吉さん、こちらは丞さんです。ここだけの話ですが、火盗改めの方で、浮橋では包丁研ぎ師として働いて貰う事に成って居ます」
「どうも、三助の網吉と申します」
「丞さん、この辺りで起きていることは網吉さんに聞いた方が早いでしょう。丞さんが独自に動かれるのは構いませんが、人手が欲しい場合は私の方に申し出て下さい。これから晦日の四郎等が潜んで居る裏長屋、押し込み先と思える仏具屋・奈良屋を網吉さんに案内して貰います。私は火盗改めが動き始めたので、役割を少しばかり控えめにすることを、他の仲間に周知させるため、駒形に参ります」

 こうして晦日の四郎を頭目とする押し込みが予想されるとの話に火盗改めが乗り出して来たことが兵庫等に伝えられた。
 御上に情報を流し、その御上が奉行所にせよ、火盗改めにせよ動き始めれば、養育所の者たちは今までの様に動くのは憚れる。結局、平右衛門町に限り見張りを継続するにとどめることになった。

 嘉永六年十二月二十八日(1854-1-26)、昼前に草加宿からお松とお竹が侍娘姿で坂崎新之丞に連れられ、神田庵にやって来た。
二人は来年、板橋宿の武家の家にそれぞれ養女に迎えられることに成って居た。
そのため、武家の立ち振る舞い、教養を身に付けるために草加宿で道場を開く坂崎夫妻に預けられていたのだ。
戻って来た二人の挨拶が年長の子供たちが見守る中で行われた。
「父上様、母上様。修行をさせて頂き有り難うございました。無事終え戻って参りました」
 その二人の凛とした振る舞いに、見守る子供たちは目を見張った。と云うのは二人が同じ様な境遇だったことを聞かされていたからだった。それは努力次第では同じ夢を見ることも出来るとことを悟らせた。

 そして二十九日は何事ももたらされることなく過ぎ三十日を迎えた。
大晦日は養育所の子供たちにとっても記憶に残さなければならない一日であった。
これまで子供たちは大晦日を年の終わりとして、送った記憶はない。
そもそも一年の終わりの日が在ることさえ知らなかった。
 養育所としては、子供たちに、来年が良い年に成る様にと願いながら除夜の鐘を聞き、年越しの蕎麦を食べながら、笑顔で送らせたいと思うのだ。
そんな養育所の願いが届いたのか、奉行所からも火盗改めからも養育所の誰にも何の要請も来なかった。
蕎麦が男たちにより大量に打たれ、各養育所や預かり所に配られた。
 どの養育所でも子供たちは除夜の鐘の音を聞くため、数えるため起きていた。
そして、最初の鐘の音が聞こえて来た。
除夜の鐘を除夜の鐘として初めて聞き、蕎麦を食べる子供たちに笑顔が生じ、極月最後の日が更けていった。

第113話 極月 完

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Posted on 2018/10/28 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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