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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第114話 正月(その1)】 

 新しい年、嘉永七年正月一日(1854-1-29)が開けて行くのを布団の中で迎えていた。
昨夜除夜の鐘を幾つ聞いたか分からないが、部屋に居た子供たちを外に連れ出し年越しをさせる訳にはいかない。ただ鐘の音を数える子供たちを眠気が襲うのを見た兵庫は子供たちをそれぞれの寝部屋に戻した。それから間もなく兵庫も眠りについた。それはいつもよりかなり遅かったのだが、兵庫の夜明けはいつもと変わらぬ、明け六つの鐘が鳴る前だった。
 正月だからのんびりと思うのだが、正月を理解できない者が一人いた。それは我が子、昨年四月に生まれた千丸だった。かぞえ二歳とは言えまだ八ヶ月で赤子だった。決まってしもの汚れ物を出す。それを洗い干すのが兵庫が暮らしの中で手伝うことが出来る数少ないことだった。
兵庫は明け六つの鐘が鳴るか、誰かが起きて物音を建てるのを待って起きるのが常だった。
そして鐘が鳴る前に、隣の部屋から目覚める音がしてきた。
兵庫は隣の部屋の障子が開けられ出て行く足音を待って、布団を抜け出した。
正月だが普段着に着替えて居ると廊下の雨戸が開けられ始めた。
開けて居るのは今年還暦(かぞえ61歳)を迎えた佐吉だった。
僅かな外光が障子に新年の明かりを映すのを見て、兵庫は部屋の外へ今年の一歩を踏み出していった。
こうして竜泉寺町神田庵に居る四十六人の新年が明けていった。

 朝食は西の四十畳の部屋を使い、全員が集まり行われた。
膳には雑煮にと子供たちが手を貸して作ったおせち料理が皿に小分けされ盛られていた。
その膳を前にして、兵庫が、
「今日、皆の歳が一つ増えます。ここに暮らす子は一日も無駄にしないように何事にも気を入れてするように心がけなさい。ただし、正月の七日間は特に学問手習いを行いませんので好きなことをして過ごして下さい。それと今日は客が来ると思いますので元気になり過ぎないように」

 食事、後片付けが終わると女たちは部屋に籠った。
暫くすると箏の調が昔、与兵衛が使っていた南の部屋から流れ始めた。
神田庵で初めて弾かれる箏の音に部屋に閉じこもった女たちが顔を出し音が聞こえて来る一階を見下ろしたが見えなかった。

 最初の客は昇龍院から来た男たちで、全員が稽古道具を身に付け竹刀を持ち、面を抱えていた。
来客を告げる板木が打たれ、主の部屋の障子が全開された。
脱いだ草鞋を腰に挟み兵庫の部屋へと向かった。
部屋に入ったのは、養育所の文吉、佐助、勘八、在吉、霧丸、雲丸、海吉等七人と絵師見習いの赤松又四郎、保安方の浜中松之助と反町半四郎それと
賄い方の団吉、総勢十一人だった。
子供たちを代表して文吉が
「父上様、母上様、新年あけまして御目出とうございます」「御目出とうございます」
「頼もしいな。養育所の年長者として、後に付いて来る者たちに範を垂れるようにして下さい」
「はい、新春の一手ご指導をお願いします」
「分かった。中庭で体を温めていなさい」
庭に下りた十一人が気合を上げ竹刀を打ち合わせ始めると箏の音が止まり廊下にお玉が姿を見せた。そして二階にも女たちが姿を現し見下ろした。
 支度を整えた兵庫が中庭に下りると、稽古が一旦止んだ。
そして、改めて兵庫を加え十二人の稽古が始まった。
それは女たちにとって頼もしい男に見えたのか、見続けていた。

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Posted on 2018/10/29 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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