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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第114話 正月(その5)】 

 正月三日が明けた。
兵庫と志津はこの日も揃って外出した。
正月に成ってから未だ会って居ない養育所の子供が居たからだ。
深川の子供預かり所・涛屋で預かる子供たちと一緒に過ごすことで預かる子供たちの成長を助ける役割を担って、派遣された子が三人居るのだ。

 二人は、いや四人は途中中之郷の養育所に立ち寄った。
一晩だけ母親の元に戻った永吉と富吉を修行場所の養育所に返すためだった。
子供二人を届けた兵庫と志津はどこにも寄らずに深川涛屋に着いた。

 戸を開け涛屋に入ると、文机を前に手習いをする町の子五人とそれを見る大助、声を出し本を読む柿次郎と桐丸の姿が在った。
その子供たちの目が、兵庫と志津を見て、
「母上・・父上・・」の声を挙げた。
「そのまま学問を続けなさい。志津は中で子供たちを、私は外で剣術を教えます。大助支度をして外に出なさい」
「はい」

 涛屋は参道に面して居るが、運送業であるため表側にも荷物や荷運びに使う道具を置く場所が用意されている。そこが、子供たちの剣術道場に成って居た。
道具を着けた大助と竹刀だけ持った兵庫と向き合い大助は気合あを上げ打ち込む姿が石畳の参道を行き来する者たちの目に留まった。
大助は丸一年泣きながら稽古を続けて来た。
最初の頃は虚弱で小さく道具に埋もれてしまいそう子だった。
そもそも拾われたとこは仲間からチビと呼ばれていたのを大助と呼び名を変えたのは育って欲しいと思う心が有ったからだった。
そして、いま兵庫に打ち込む大助は同じ年の子と比べて、もはやチビとは呼べないほど成長していた。
暫く、稽古を続けていると、参道から下り歩み寄る者が居た。
「鐘巻先生」
振り返り
「佐那殿と確か龍馬さん、御参りですか」
「はい、今年は甲(きのえ)の年なので、こちらが恵方に・・・先生はこちらでも稽古を為されて居るのですか」
「いいえ、こちらに子供たちを何人か預けて居ますので、顔を見せに来たのです」
「佐那様、巳之吉さんを宜しくお願いします」と面を外した大助が見上げて言った。
「巳之吉さんは千葉道場で一番良い門人さんですから、大切にしますよ」
「志津も来て居ますが寄って行きませんか」
「ここに浮気者が居ますので、遠慮します」
「相変わらず竜馬さんは口の方が達者ですか」
「親を剣術修行と騙して江戸に出て来て、道場では千葉の者も???」
「口は禍の元と云います。口で人を斬れば、刃で口をふさぐ者が出ます。気を付けて下さい」
「ですから剣術を・・・」と龍馬が口を開いた。
「黄金の免許皆伝では鋼の盾には成りませんよ。刀など相手にせずに龍馬さんの持ち味を生かし商いをされた方がと思うのですが」
「商いですか・・悪くありませんね」
二人は八幡宮へと消えて行った。

 兵庫と大助が屋内に戻ると主・涛屋重吉の妻・一枝も加わり、子供たちの手習いの世話をしていた。
「どなたかとお話をする声が聞こえましたが・・」
「千葉の娘と坂本龍馬さんがお参りに通りかかったのです」
「お二人だけですか」
「定吉先生もお許しなのでしょうが・・・人のことは言えませんが」
「旦那様が修行中に幸様と一緒になられたのは、お絹様と云う縁結びが居られたと幸様から伺っております」
「子供たちの手が止まって居ます。この話はやめましょう」
この後、兵庫と志津は子供たちと昼食を共にし、涛屋を後にした。

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Posted on 2018/11/02 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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