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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第114話 正月(その6)】 

 正月気分の深川、本所を抜け両国橋を渡った兵庫と志津は浅草平右衛門の船宿・浮橋を訪れる前に、日本橋薬研堀の浪江の家に開いた子供預かり所を訪ねた。
外では子供たちが声を上げ遊んでいて、それを預かり所で住み込みで働く猪瀬阿佐が見ていた。
「あっ、お玉ちゃんのお母さんだ」と猪瀬の孫・多美が云うと、姉の鈴や預かって居る子供たちが志津を囲んだ。
子供たちは志津に頭を撫でて貰うとそれで満足したのか、遊びに戻っていった。
これは養育所での暮らしが身に付いている鈴と多美の行動に他の子供たちも従ったのだ。
多美と鈴が一時暮らした押上の養育所には多くの子供たちが居て、また外からも通って来ていた。志津を独占するような行動は控え、皆が同じように接することを学んでいたからだった。
この後、兵庫と志津は家主の一枝に挨拶をし、薬研堀を離れた。

 浅草に入ると元日に来た時とは違いどの船宿も暖簾を出していた。
二日は吉原の仕事始めで紋日、上客が通いご祝儀もあり船宿の仕事初めだった。
今日三日は、馴染みになれない者も吉原に通う事なり客は多い、下手をすれば主の碁四郎迄船頭として駆りだされることになる。ただ、まだ昼が過ぎたばかりで吉原へ向かう客は居ないのか、碁四郎は、いつもの様に、裏で薪を割っていた。
 志津は上がり女将の静に挨拶ね行き、兵庫は裏に回った。
「碁四郎さん、例の件動きは未だ在りませんか」
「奉行所も火盗改めも、久坂さんも山崎丞さんも姿を見せません。ただし、晦日の四郎に入られた奈良屋は暖簾を出し、主も健在だとの話が網吉から届いています」
「奈良屋が平常なら、失態は無かったのでしょう。それなら松が取れるまで待ちましょう」
兵庫が話しを終えると、碁四郎が薪割を始めた。
その音が中で話を始めた女たちに届いた。
「あら、もう話が済んでしまったようですね。長話は正月が明けたら参りますのでその時に致しましょう」と志津が静に言った。

 浮橋を出た兵庫と志津は駒形に寄り、志津は挨拶して回った。その中には養育所の隣で薬屋を開業する継志堂の者たちとも挨拶を交わした。
こうして兵庫は神田庵に戻った。
そして何かが起こることもなく三が日が暮れていった。
 四日になったが兵庫は日常のことをやる以上の事は無く日を過ごしたが、神田庵の女たちは自主的に文字を読むことで時を過ごし始めた。
兵庫の隣の部屋には志乃が居る。その部屋には時々、昨日まで外出していた吉原から解放され、神田庵にやって来た女たちが訪れていた。
三が日の間、外出することで改めて文字の読めないことを痛感させられたのだ。特に若い子は浮浪を抜け出し吉原に売られた後に読み書きの手習いをする機会に恵まれていなかった。吉原の中で見かける文字は何とか読めると思って居たが、町に出ると読めない文字が氾濫していたのだ。
 兵庫は七日までは正月として、講義などは行わないので余暇を自由に過ごすことを認めていた。
それは、もしかすると世の中を見させることで何が不足して居るのかを感じさせるためだったのかもしれない。
女たちの自主性が高まったことを知らずに兵庫の正月四日は暮れていった。

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Posted on 2018/11/03 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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11/03 06:01 | edit

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