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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第九話 侍志願(その9)】 

 翌日の二十一日、兵庫は暗い七つ少し前に目覚めると、ローソクに火を灯し支度を始めた。
昨晩、作っておいた握り飯を包んだ風呂敷を腰に巻き、そっと離れから外へ出た。
喜助の小屋の前を通り、木斛の根元に置いておいた石を一つ取り、懐へ入れた。
兵庫は道灌山に向け道場を後にした。
始めのうちは月末の半月の明かりを頼りであったが、道灌山に近づくに従い東の空が白み兵庫は更に歩を早めた。
道灌山の山頂についた兵庫は暫らく空けていく空を眺めていたが、思い出したように腰の包みを解くと塩むすびを頬張った。

 甚右衛門は昨日倉之助を使いに出した後、長年仕えてくれていた小者等を呼び、僅かな蓄えを分け与え暇を出していた。
眠ることも、食することもなく果し合いの地、道灌山に向かった。
 一方正三郎は、これまでの事を書きしるした物に、甚右衛門からの果し状を添え、文机の上に置き、腰に己の刀と幸之助から奪った脇差を差し屋敷を出ていた。

 何処からか明け六つの鐘の音が聞こえてきた。
兵庫は東を背に、先に来た甚右衛門は北を背に、少し遅れてきた正三郎は南を背に立っていた。
日が昇り始め、その明かりが甚右衛門と正三郎の顔を染めた。
三人の長く黒い影が戦いの場に伸びていた。
「正三郎、臆せずによく参った」
甚右衛門の声が道灌山の頂に響いた。
「甚右衛門殿、お心遣いありがとう御座いました。しかし遠慮はいたしません」
「わしもだ」
甚右衛門は抜刀し、正三郎の支度を待った。
正三郎は悠然として下げ緒を抜き取ると襷をかけた。
心ならずも成り行きで、果し合いの立会いをさせられる事になった兵庫は迷っていた。
その迷いが消えぬ内に果し合いが始まってしまった。
兵庫は懐に入れておいた石を握り、何時でも印地打ちできる体勢で見守った。
正三郎は刀をゆっくりと抜くと、こんどは走り一気に間合いを詰めると高く飛んだ。
それは昨日の兵庫との最初の立会いに見せたものだった。
正三郎はここで斬られて果てる覚悟のように思った兵庫は、掴んでいた懐の石を離した。
正三郎の剣が待ち受ける甚右衛門の刀を払い、そして小手をかすった。
このとき正三郎の剣の伸びが明らかに失われているのを兵庫は見た。
左小手を切られた甚右衛門が後ずさりし、石に足を取られ倒れると、上段に刀を振り上げた正三郎が
「覚悟」
叫ぶと同時に切り下ろした。
刀が甚右衛門の左肩にくい込み、噴出す血が甚右衛門の顔を染めるのを昇り始めた朝日が照らしていた。
勝負はついたと思われたが、やはり幸之助は甚右衛門を断ち切る手を緩めていた。
その後、甚右衛門の右手の刀が正三郎の胸を下から突き上げたのだ。
一瞬苦痛に顔をゆがめたが、それも納まり
「こう」
声にもならない最後の言葉を残し、正三郎の膝が緩み甚右衛門の右脇に崩れ落ちていった。

Posted on 2011/09/21 Wed. 05:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

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