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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第70話 つきもの(その2)】 

 兵庫には総見が取りやめになったことで、鬱積していた鳥羽の気が晴れた訳が分からず首をかしげた。
鳥羽と来た佐伯文吾が兵庫の様子を見て「その事は拙者が・・」と頭を下げ話す様子を見せた。
「今一つ分かりかねますのでお願いします」と佐伯を促した。
「鳥羽殿が話せないのは、鳥羽殿にとって名誉なことで自らは話しづらいので、私が代わってお話致します。実は剣術の総見の狙いは、殿様ご子息の御守(おも)り役を選ぶことで御座いました。お目付け桜木様が色々と調べ上げたことを殿様に申し上げた所、鳥羽殿の気骨と武芸に取り組む姿がお気に召されたようで御守り役の一人を鳥羽殿にするとご決断なされたとの事です。これで目的を失った剣術総見は取りやめになりました」
「鳥羽さん、御役を頂けたのですか。それは目出度いことです。おめでとうございます」
「有難う御座います。これも皆様方のお蔭で御座います。お世話になった皆様方にお礼を申さねばならないのですが、木挽町中屋敷に戻らねばならないのです。先生から宜しくお伝えください」
「分かりました。皆さんも喜ぶことでしょう」
「先生、私はこちらに来られなくなりますが、佐伯殿がこちらで暫く稽古をお願いしたいと申して居ります」
「それは、私の励みにもなります。これもまた皆が喜ぶでしょう。朝から晩までやって居ります。ただ山中殿は船宿の、奥村先生は駒形の仕事を持って居ますので、ここでの稽古は朝稽古に成ります」
「伺っております。鳥羽殿が下屋敷を出、中屋敷に移りますので、私はその後に入り、こちらに通い、稽古のやり直しをさせて頂きます。宜しくお願い致します」
鳥羽はやって来た事情を言うと佐伯と帰って行った。

 鳥羽が溝口家子息の御守役に成ったことは夕飯の時に皆に伝えられた。
鳥羽の立身は剣術仲間の部屋住み者の心に何がしらかの響きを与えた。兵庫から聞かされた「気骨」「武芸に取り組む姿勢」において確かに鳥羽は優れていた。それが認められたと知ったのだ。それが鳥羽を叩き続けて来た剣術仲間への礼だった。

 夕飯が終わり外から来ている者が帰った後、兵庫が部屋でくつろいでいると、父の多門がやって来た。
「初代は今しばらく居るが、わしは明日戻る」
「父上様、有難う御座いました」
既に布団を上げていた志津が頭を下げた。
「兵庫、夕方来た男だが影が在る。気を付けろ」
「佐伯文吾殿のことですか。先日も同様の事を・・・分かりました気を付けます」
「親しくなる前に遠ざけなさい」
兵庫は父の言葉を跳ね返すことの出来ない重みを感じた。
どうしたら、一度受け入れた者を遠ざけることが出来るのか、思いつかぬままに
「心がけます」と応えた。
「良いか。お前ひとりの身では無いのだぞ」
多門は佐伯が兵庫に対し刃を向けることを断定するように語気を強めた。
「はい、手立てを考えます」
多門が部屋から出て行くと、今度は志津が
「佐伯様とはどの様な御方ですか」
「新発田藩士ですが剣の腕は侮(あなど)れませんので、不意打ちだけは避けねばなりません」
「旦那様、その様な腕利きに長い間気を配るのは無理です。父上様が仰るように早くけりを付けられた方が、私も良いと存じます」
「その手立てが・・・」
「もし佐伯様にそのような意図が在るのでしたら、明日からの稽古で旦那様の隙を探すと思います。その様なことに手間を掛けさせては長引きますので、稽古で一つだけ仮の弱みを見せたら如何ですか」
「罠に掛けるのですか」
「父上様がご心配なされるような方なら罠にかかりますが、そうでなければ掛かりません」
「嘘でも負けるのは嫌なのですが、千丸が産まれたのですから、少し大人になります」
志津は黙ったまま、微笑みで返した。

Posted on 2015/04/16 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第70話 つきもの(その1)】 

 何度か赤子の泣き声で夜中に目を覚ました志津、それを気遣う兵庫。
その度に薄暗い有明行燈の灯りの中で動きが生じた。
濡れたものを志津から受け取り部屋の外に出す兵庫、乳を含ませる志津、慣れない二人の子育てが始まっていた。
 季節も夏に入り夜が短く成り始めた嘉永六年四月三日(1853-5-10)の朝、昨日までなら布団を抜け出す時刻だったが、布団の中で明け六つの鐘が鳴るのを待って、兵庫はようやく起きた。

 枕元に置かれていた稽古着に着替えると、廊下に出されていた汚れ物を持って外の井戸に向った。
おしめを洗い、絞り、干した。
兵庫がその仕事を嫌がらずに、むしろ楽しんでいる様子に寮内に住む大人、男も女も、兵庫でなければ出来ないことと見ていた。
洗濯は女の仕事であり、下女を雇いさせることが兵庫には出来たからだが、そうしないところに兵庫の兵庫らしさがあり、以前は兵庫のすることに呆れていた者も近頃は微笑みを持って見るようになっていた。

 洗濯を済ませた兵庫が既に始まっていた朝稽古に加わり押上の寮に日常が戻って来たかに思えた。
しかし、駒形からやってきた子供たちは、稽古よりは生まれた赤ちゃんを見たかったのだ。
稽古を始める前に志津の居る部屋の外に行った。が、いつもなら空いている障子が閉めきられて中が見えない。
子供たちのざわつきが聞こえたのだろう、障子が開き部屋から顔を見せたお琴が、
「まだ赤ちゃん目が開いていないから会えないよ。でもここに居れば泣き声が聞けるかも知れないよ」と云い、障子を閉めてしまった。
子供たちはお琴の言葉に従い暫く留まって居ると、部屋の中から、赤子の泣き声が聞こえて来た
「泣いてる」「泣いてる」と声を上げた。
すると、障子が開き今度はお玉が姿を見せ「し~~」と唇に指を当てた。
「男の子だよ、名前は千丸ちゃん」
「男だ」「弟だ」「名前は千丸だ」と互いに言い合った。
子供たちはそれで満足したのか、道場で朝稽古を始め、稽古が終わると帰って行った。

 この後、尾頭付きの朝飯を済ませると、兵庫は母に、祝に来る者への礼儀だと、紋付き袴に着替え直された。
しかし、子が産まれたことは身内同然の者にしか知らせてないので午前中にはほぼ終わってしまった。
午後は、稽古着に着替え成した兵庫は稽古と、赤子の作り出す汚れ物の洗濯を楽しそうに繰り返していた。

 八つ半(午後三時頃)、暫く姿を見せなかった鳥羽が、先日兵庫と立ち合いなすすべなく負かされた新発田藩士佐伯文吾とやって来た。
「先生、お話があり参りました」
兵庫は鳥羽の様子にいささかの落胆もなく、声にも張りが在るのを見聞きして、良い話を持って来たなと感じた。
「それでは、広間で伺いますので上がって下さい」

 広間は、鳥羽がこれまで見た質素な様子から華やかな様子を見せていた。
祝賀の客を迎えるために、掛け軸は墨絵から色の入った軸に、花が活けられていた。
ただそれだけだったが、鳥羽にはそれが何を意味するのか分かった。
「先生、もしかしてお子が御生まれに成りましたか」
「はい、昨日、男(おのこ)が・・皆元気です」
「それはおめでとうございます」
「有難う御座います。今、茶を入れていますので、話はその後で」
待つこともなく、少々めかした千夏、小夜、お玉が茶を持って現れた。
「いらっしゃいませ」
娘三人は、ただそれだけだが大役を果たし部屋から出て行った。
茶を飲み干した兵庫が、
「鳥羽殿、気が晴れたような様子ですが、話とは何でしょうか」と誘った。
「実は、剣術の総見には狙いがあり、その狙いが叶ったと殿様が仰られ総見は取りやめになりました」

Posted on 2015/04/15 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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