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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その7)】 

 碁四郎は通された殺風景な部屋の様子を見ていると、小声だが通る話が聞こえて来た。
和尚の部屋はどうやら隣りのようだった。
待たされることは無く、背後に足音がし、一人は止まり、一人は通り抜け上り口の方に向かった
部屋に入る音を背に兵庫は上座に向かって頭を下げた。
その上座に足音の主が座るのを待って、ゆっくりと頭を上げると細身のやや老いた和尚と目が合った。
「山中様、当山の快延で御座います。何か願い事があると伺いましたが・・」
碁四郎はおとないを入れた時、門前払いをされないように、旗本、大番組頭、山中武左衛門の弟・碁四郎と名乗っていた。そして、それなりに身なりも整えて来たのだ。
「拙者、先ほど名乗りましたことに偽りは在りませんが、故合って市井で暮らす者で御座います。同じように市井で暮らす友・鐘巻兵庫より、世話に成ります市井より不届きな振る舞いを致す者たちが現れ難渋しているとの声を聞き、参りました」
「俗から離れすぎたようです。その様な声が拙僧には届かなくなりました。不届きとはどのようなことか、また山中様に出来ないことを拙僧に出来るのでしょうか」
「それでは、鐘巻殿より聞き申しましたことをお話いたします。先ず不届きな所業とはならず者が商家に対し軒賃と称し、月々金をせびることで御座います」
「山中様、それでしたら町方のお役人に願い出れば宜しいのではありませんか」
「左様で御座いますが、それが出来ぬ訳が二つ御座います」
「何でしょうか」
「一つは、後難を恐れ訴えが出ないこと。二つ目は訴えが出たとしても不届き者たちが参道に面した家に住まいしているため、寺社への遠慮かと思われます」
「その寺社がこの寺か」
「はい、左様で御座います」
快延は目を閉じ暫く瞑想していたが
「坊主には何も良い手立てが浮かばぬが・・・」
「御坊、町方も寺社にも頼らず不届き者を取り除く手立てが御座います。それにはわれらの願いを聞き届けて頂きたいのです」
「願いを聞く前に取り除くとは殺生ではあるまいな」
「いいえ、言葉は通じませんので殴りますから瘤は出来ます」
「分かった。拙僧は何をすればよいのだ」
「参道沿いの茶店に押し込むため、その当日寺内に十数人が潜むことをお許し願いたいのです」
「寺でなければならぬのか」
「はい。寺の表通りを見通せるところに辻番所あり、夜分に大人数が行き来するのは避けたいのです」
「分かった。それで押し込むのはいつなのだ」
「明日の夜半ごろにしたいのですが・・・」
「急いでおるな」
「はい、被害が広がっている様子なので」
「分かった。当日、暮れ六つに門が閉まる前に、私の客として寺内に入りここで時を待ちなさい」
「有り難うございます。首尾よく行きました折には町の者より浄財を集めお礼に伺います」
「実は、その浄財で悩んで居ったのだ。参道の両側は寺領でそれなりのものを頂いておるが、茶店の主が代わってからただでさえ多くは無い参詣の足が遠のき困って居たところだ」
「それでは代わった茶店の主をご存知でしたか」
「一応、挨拶に来たから半蔵のことは知って居たが、手広く他の町の者まで困らせていたとは知らなんだ。今度はこちらからの頼みだが聞いて貰えぬか」
「出来ることでしたら労は惜しみません」
「それでは、半蔵の代わりに悪事を働かぬ新しい茶店の主を探して貰いたい。ただし善良だけではだめだ。簡単に追い出されない気骨のある者を頼む」
「分かりました。いま茶店で半蔵の仲間以外で真面目に働いて居る者は居ますか」
「ひとり切り盛りしている年寄りが通ってきている。出来れば使い続けて貰いたい」
「そうします。それでは茶店によって帰ります」
「明日、待って居るからな」
「分かりました。この格好では参りませんので門前払いしないで下さい」
「それほど変わるのか。楽しみにしているぞ」

 庫裏から出て来る碁四郎を矢五郎が待って居た。
「首尾は」
「上々、明日の夜です。暫く店を閉めることに成るかもしれませんので団子でも食って帰りましょう。今日は持って居ますから」
と、懐を叩いて見せた。
 
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Posted on 2017/03/26 Sun. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その6)】 

 昼食後兵庫は乙次郎と駒形に向かった。
駒形の養育所に着くと既に中之郷元町からは中川矢五郎と心太が来ていた。
道場は預かって居る子供四人と世話をする者が遊んでいたため、打ち合わせは帳場に兵庫、内藤、矢五郎、北村徳三郎、乙次郎、心太の六人が集まり、行われた。
 兵庫は午前中に在ったことを改めて話した。そして、
「皆さまには、東都組の調査、東都組に依る駒形の被害、養育所の警備をお願いします。私も少し動きますので調べた情報は内藤さんに伝達して置いて下さい。それでは」
と云い、兵庫は浅草の絵図を開いた。
「東都組のねぐらは、ここ了源寺・門前町の茶店であることを、岡っ引きの勇三さんや午前に来たやくざ者が語って居ます。押し込むことに成ると思いますので勢力などを矢五郎殿と心太さんで調べて下さい。駒形の被害調査は乙次郎さん。養育所の警備を北村殿。私は押し込む時に使う宿を了源寺にしたいので、坊主修行をした碁四郎さんに交渉をするように頼んできます。その後はここに戻り、手の足らない所の応援をします。仕事が残っていても夕七つ(午後4時)の鐘が鳴ったらここに戻って下さい。役割の再調整をします」

 養育所を出た兵庫は平右衛門町の山中碁四郎を尋ねた。
「碁四郎さん、また流れ星に御足労願うことになりどうです」と碁四郎に気を引かせてから、東都組の話をし終えた。
「兵さん、これは鬼の居ぬ間を狙われたのだ。だが鬼の家にまでせびりに行くとは、駒形の甘い汁は殆ど吸い尽くされていると思った方が良さそうですね」
「私もそう思うので、出来れば今日にでも押し入りたいのです。そのためには押し込み先の近くに身を潜める所を確保しておかねば叶いませんので、坊主修行した碁四郎さんに頼みに来たわけです」
「兵さん、私の名に“坊主修行”の兜をわざわざ乗せたのは、まさか修行した唯念寺に潜もうと云うのじゃありませんよね」
「どこも無ければ唯念寺で仕方ないのですが、了源寺の表通りの角に辻番所があり、夜間に覆面をした者が集団で通りづらいのです」
「表通りが通れないとなると・・・まさか・・」
「はい、まさかです。近いですから引き揚げるのも楽ですよ」
「しかし、了源寺の和尚のことを知りませんよ」
「碁四郎さんしか出来ない難しい仕事だから頼むのです」
「寺への土産は?」
「任せます」
「それで押し込むのはいつに成りますか」
「今日は無理ですが、明日以降なら何時でも構いません。ただし今日七つに皆が集まりますので知らせて下さい」
「分かりました。それではめかして行ってきます」
「頼みます」

 兵庫が駒形への帰路についている頃、駒形の被害状況を調べていた乙次郎はため息を付いていた。自身番の近くの店を除いて、軒並み間口税ならぬ軒賃を先月から取られていたのだ。乙次郎は駒形の周辺の町にも立ち寄り、東都組の支配が広く及んでいるのを確かめて歩いて居た。

 そして、了源寺の茶店を見張りに行った矢五郎と心太は分かれて、出入りするやくざ者を数え、時折境内に入り数えた人数を確かめ合っていた。
「だいぶ中に入った様だ。心太、茶店に入り出来るだけ長く居座れ」
「それが・・・長く居座るには手元不如意で・・・」
「仕方がない。なけなしの一朱だ、持っていけ」
「すいませんね、おやつを頂いてきます」

 茶店に入った心太が茶を飲み、団子を食っていると、裃姿の山中碁四郎がやって来た。
碁四郎が了源寺を宿に使う事の交渉に来ることは兵庫から聞いていたが、立派さに目の前、参道を行く碁四郎に声もかけられずに見送った。
それは境内から茶店の様子を見ていた矢五郎も似たようなもので、軽く会釈するだけで見送った。
碁四郎は迷うことなく庫裏へと向かい、おとないを告げた。
そして、小坊主が出て来て碁四郎を迎え入れるのが見え、庫裏の中に姿を消した。

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Posted on 2017/03/25 Sat. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その5)】 

 兵庫は北村徳三郎が兵庫の誘いに乗り、口入屋から用心棒の職を求めて来た浪人を演じた柔軟さを好ましく思った。
「先生が仰ることは尤もです。私はお二人さんを何処に呼びに行けばよいのですか」
「了源寺の茶店だよ。十人居るから皆が出払うことは無い。必要なら頭数を揃えて来られるぞ」
「それは良いですね。ただ了源寺?・・・」
「ここから近い阿部川町だよ」
「分かりました。先生お聞きの通りです。今月は先生に用心棒をお願いしますが、来月からはこちらの方、えーと・・・」
「東都組の伊佐次だ、こいつは忠治だ」
「東都組と云うことは組の頭が居るのですね」
「ああ、半蔵親分だよ」
「それでは近々挨拶に行くことにしましょう」
「ちょっと、伊佐次さんに忠治さん、話が有る」と北村がこいつらと呼んだ二人をさん付けで呼び、話し掛けた。
「なんだ」
「そう怒らんでくれ、食うためにやったことだ。お主ら半蔵親分に、わしを雇って貰うように頼んで貰えぬか」
「断る、顔の腫れが引かぬ事にはその気にならねぇ」
「先生。ここの仕事が終わるまで未だ二十日以上ありますから、腫れも引きますよ。手当てを貯めて、土産を買い、半蔵親分に頼みに行ったら如何ですか。もしかするとここより手当てが良いかもしれませんよ」
「なるほど、ところで伊佐次さんに忠治さん、お手当は幾らだか教えてくれ」
「ごつい顔をして、女みてぇにさん付けで呼ばねぇでくれ。気持ち悪い。それより話が済んだのなら縄を解いてくれ」
北村が兵庫を見た。
「縄は解きますが、この辺りで悪いことをして嫌われ者にならないで下さいよ。来月頼みづらく成りますから」
「分かった」
縄を解かれたやくざ者二人は、継志堂を出ていった。 
それを見送った兵庫は、継志堂の者たちに、
「今帰ったやくざ者は東都組の者でした。駒形の町家にどの程度被害が出ているのか確かめ、放って置けないようなら、流れ星が押し込み東都組をつぶすことにします。数日中に出番が在るかもしれませんので心得ておいて下さい」
「分かりました」
「尚、また東都組の者が来るといけませんので、暫く北村殿を隣に控えて貰いますので、皆さんは無理はせぬようにして下さい」
「おお、私の御役目が決まりましたか」と嬉しそうな北村だった。
「応援をもう一人付けますので、無理はしないで下さい」
「分かって居る。ところで流れ星とは何だ」
「それは、内藤さんに聞いてください。それと昼飯も頼んでください。私は彦四郎屋敷と押上に戻り、人の手配をしてきます」

 継志堂を出た北村は養育所へ、兵庫は川向こうの本所へと戻って行った。
彦四郎屋敷に入った兵庫は広間に、彦四郎、矢五郎と手隙の庭番方を集めた。
「本日駒形の継志堂に、東都組のやくざ者二人が用心棒代をせびりに参りました。それを、北村徳三郎殿がこぶしでもって倒しました。なかなかの武辺者のようですがその話は後ほどとします。東都組をこのままにして置けませんので、その大義名分を確かめた上、押し込み、二度と悪事が働けぬように晒なりして恥をかかせたいと思って居ます。その話し合いを駒形で行いますので、昼食後、矢五郎殿と庭番方から一人、集まるようにお願いします」
「二人で良いのか」
「先ずは調査と警備ですが、相手方も十人は居るとの情報も在りますので、押し込むときはそれに負けない人数で押し込む予定です。押上にも話さねばなりませんのでこれで・・」

 押上に戻ると、広間に根津甚八郎、近藤小六、常吉そして志津を集めた。そして、彦四郎屋敷と同じ話をしたうえで、
「被害状況を確かめたいので、昼飯を食べたら乙次郎さんを駒形の養育所へ行かせてください。志津は前回の流れ星以後に養育所に入った方々の覆面を頼みます」
「旦那様、駒形が手薄になった様ですが、東都組を退治した後、如何するのですか」
「困って居ます」
「戻りませんか」
「そうですね。でもそれは退治した時にもう一度話し合いましょう」

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Posted on 2017/03/24 Fri. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その4)】 

 ただ事ではない様子に、兵庫が
「田作さん、何か起きましたか」
「はい、先生。やくざ者二人が用心棒代をせびりに来ました。いま常八さんが相手をしています」
「分かった。表から回り捕らえます。縄を用意しておいてください」
「鐘巻さんの息が掛かって居るところにやくざ者がせびりに来るとは、どういう事だ」
「お恥ずかしい。気のゆるみが・・」と道場を出ると下駄の音を立て母屋の帳場まで走った。
「内藤さん、継志堂にやくざ者がせびりに入った。懲らしめてきます」
と云う兵庫の脇を北村徳三郎がすり抜け、表へ飛び出していった。
北村が何をしに飛び出したかは判る。年寄りに怪我でもされてはと兵庫は後を追ったが、徳三郎の動きは素早かった。暖簾を揺らし店に飛び込んだ後に、打撃音が二つと悲鳴に続いてドサッと、兵庫が飛び込んだとき、起き上がろうとした一人を蹴倒す所だった。
それを見たもう一人は起き上がるのを止めた。
「何が用心棒だ。わしのような爺に殴り倒されるとは、情けない」
「悪行を調べます。皆さんで縛り上げ、この屋の奥に連れて行き、逃がさないように見張りをして下さい」
田作が持って来た荒縄が配られ、やくざ者を縛り上げていった
「上手いものだな」と北村が感心して見せた。
「北村殿、皆さんが悪党を縛り上げるのはこれが最初ではないのですよ」
「その様なことが在ったのか?」
聞かれた男たちはただ笑うだけで、薬研の竜次や十文字屋栄五郎らの名を出すことは無かった。
 やくざ者二人が奥に連れて行かれ、店先に平穏が戻った。
「常八さん、この様なことが以前にも在りましたか」
「いいえ」
「二人を引き取りに、また来ますので、暫く軟禁して置いて下さい」

 継志堂を出た兵庫は隣の養育所に戻ると内藤が、
「どうでしたか」
「こちらの北村殿に見事に先を越されてしまいましたよ」
「それはお手柄でした。しかし、よりによって継志堂に来るとは・・・」
「ところで、町から何か言って来ませんか」
「在りませんね。そう言えば岡っ引きの勇三さんも来なくなりましたね」
「少しご無沙汰し過ぎましたか、それではこちらから自身番に行ってきます」

 兵庫は北村を連れて、駒形の自身番を訪れた。
「鐘巻の旦那、お久しぶりです」が勇三の第一声だった。
「そんなにご無沙汰していますか」
「前にお会いしたのは、薬研の竜次の時ですよ、あれは確か六月でしたから二か月半のご無沙汰ですよ」
「それは確かにご無沙汰でした。そのご無沙汰の間に良からぬものが出没して居ませんか」
「それが出ているようですが、町の者は諦めているようです」
「諦めている・・勇三さん、それで良いのですか」
「良いとは思いませんが、相手は多いのです。一人で歯向かっては大川に浮かんでしまいますよ」
「そんなに多いのですか」
「確かな数は分かりませんが、東都組と称して、新門の目が遠い所に根を張り始めているようです」
「東都組の頭は誰で、ねぐらは何処か分かりますか」
「頭の名は半蔵で、ねぐらは私が知って居るのは阿部川町近くの了源寺の門前町で茶店を開いています」
「どうも有り難うございます。多少悪さを仕掛けるかもしれませんが、見て見ぬ振りをして下さい」
「誰も、掃除の邪魔はしませんよ」と笑って見せた。

 自身番を出た兵庫は北村と継志堂に戻り、奥の部屋に押し込められているやくざ者の前に座った。
「金を払えば用心棒をしてもらえると云うのは本当ですか。ここの薬屋は儲かっているので用心棒を置かねばと口入屋に頼んでおいたら、こちらの先生が来たのです。しかし、こちらの先生が三食、寝床付きで日に一朱と少し高いのです。そちらの条件を聞きたいのですが」
縛り上げられているやくざ者にとって、兵庫の問い掛けは、何をされるかと抱いていた恐怖心を和らげるものだった。
「わしらの方は駒形のこの通りは間口一間あたり一分だから、二間半のこの店は二分二朱になる。寝床も飯もいらねぇ」
「先生、こちらさんに頼めば半値ですが・・言い分は在りますか」
「わしの寝床をこの店か近くに決めれば、呼べば直ぐに来られる。今日のようにな。こいつらを呼ぶのにどこへ行けばよいのだ。四半刻も待ってくれるせびり屋は居らぬぞ」

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Posted on 2017/03/23 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その3)】 

 朝食を食べ暫くすると、北村徳三郎と佐和がやって来た。
佐和は志津が十軒店の主らに紹介して回った。その様子を見ながら兵庫と北村は駒形の養育所へと、互いに下駄の音を鳴らし急いだ。
途中、駒形からやって来た子供たちとすれ違い、彦四郎屋敷の前を通ると門は開かれていた。
「屋敷の中を町の者に通り抜けさせるのはわしにはとても思いもつかぬ話だ」と通り過ぎながら北村が言った。
「それは反対ですよ」
「何が反対なのだ」
「町の中にポツンと一軒だけ武家屋敷を建てる方が私には思いつかない話です。私はこの広い敷地を町並に戻そうと考えているのです。辺鄙な所に建てた十軒店でもなんとか利益が出始めています。町の中に在る武家屋敷の中に新しい道を造り、その両側に十軒店に似た店を建て、養育所から独立する者たちに売るなり、貸すなり出来る場を用意しておきたいのです」
「先の在る子供たちの将来のための受け皿まで考えるとは・・先の短いわしが出来ることはただただ感心するだけだよ」
「何をするにも金が必要です。取りあえず出来そうなのは通り抜けの道に屋台を出すぐらいですよ」
「それにしても、浮世絵を売り歩いたり、引っ越しの手伝いをしたり、今日は年寄りを引き回したりと明日は何をするつもりだ」
「決まって居ません。明日吹く風に流されるだけですよ。そうすることで異能な方に会う機会が生まれたり、新しいひらめきが思い浮かぶことも・・」

 二人が吾妻橋を渡り駒形堂まで来たところで、
「ここ駒形には春まで住んで居たのですが、志津のお産で押上に移ったのです。随分とお世話に成りました」
「もう、戻らぬのか」
「千丸ですが、押上の方がのびのびと育てられますからね」
 そして経師屋為吉の暖簾が出る店の前までやって来た。
「先日引っ越しの折りは、遅くなるので立ち寄りませんでしたが、ここが駒形の養育所です。先日経師屋の暖簾を出したため、掛けてある養育所の看板が目立たなくなりました」
「軒先の暖簾は良いとして、母屋を取られぬようにせぬとな。」
「確かに、今は母屋ではなく裏の道場の二階に住まわせています。後でお見せしますが、その前に隣に継志堂の暖簾を出す薬屋に入りましょう。養育所の稼ぎ頭です」
「薬屋もやって居るのか」
「色々と訳が在って株と使用人を手に入れることが出来たのです」

 店内に入ると、薬箪笥の前に番頭の常八が座っていた。
「先生、いらっしゃいませ」
「今日はこちらの北村徳三郎殿が養育所に入ることに成りましたので顔見世に参りました」
「お待ちください」といい手を叩いた。
奥から、藤吉、大吉、武三、三次、田作が出て来て狭い帳場に座った。
「皆さん、新しく仲間入りします北村殿です。本日は顔だけでも覚えて頂くため立ち寄りました」
「北村徳三郎です、おいぼれの新参者ですが宜しく頼みます」
「今は、彦四郎屋敷の離れに奥様と住んで居ます。他に寄る所が多いのでこれで失礼します」

 継志堂を出ると二人は隣の養育所に入った。
「内藤さん、ご案内の北村徳三郎殿です」
「内藤虎之助と申します」
「内藤さんには、養育所の全ての金の出入りを見て頂いています。北村殿には本日より正式に養育所で奥様の佐和様と働いて頂きます。それと別件ですが彦四郎屋敷の痛んだ侍長屋を直すように水野粟吉さんにお願いしておきました。資材の買い入れが在ると思いますので知っておいてください」
「分かりました。為吉さんは太白先生と又四郎が描いた絵を軸に仕上げていますよ」
「出来上がったら、御用聞きに行くことになりますが、先ずは陣中見舞いに行って来ます」
 兵庫は通り庭を抜け裏庭に出た。そこには開口部のほぼ全面に障子が嵌め込まれた二階建ての家が建っていた。
「ここが、子供たちと作った道場です。二階の床を付け足しそこに経師屋為吉さんが住んで居ます」
 兵庫が南側の障子を開けると、女たちが針仕事などをしていた。
「邪魔をします。どうぞそのまま仕事を続けて下さい」

 母屋の中、裏店の家の中は日中でも暗いのだが、道場は外光が入るのを妨げる物は柱や補強の筋交いと、後付けされた雨戸を格納する戸袋程度で壁が無いので明るいのだ。
 下から声を掛け二階に上がった兵庫と北村だが、為吉は二人をちらっと見ただけで手を休めることなく仕事に熱中していた。二人はそれ以上邪魔することなく一階に下りた。その時道場の北口の障子が音を立て開き、継志堂の田作が飛び込んで来た。
継志堂と養育所は裏でつながって居るのだ。

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Posted on 2017/03/22 Wed. 04:01 [edit]

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