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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その39)】 

 嘉永六年十一月二十八日(1853-12-28)、が明けた。
この日は養育所設立の切っ掛けを作った額賀雅治等十一人の命日で、国元からやって来た身内の者たちの墓参りが五つから行われると、円通寺の和尚・浮雲の話だった。
養育所でも墓参りをするのだが、余りにも多くの子供たちが行っては、身内の者たちの墓参りの妨げになると、墓参りを一日遅らせ二十九日にした。
 そのため墓参りの支度を終えている子供たちは、この日一日を普段と同じく、自分たちのために費やすことになった。
ただ、兵庫と妻の志津はその流れには乗らずに、朝食後、押上を出て入谷に向かった。
そこには、養育所が明日行う墓参りに、参加させようと集めた浮浪の子供たち十六人居るからだ。
何故、兵庫と志津が行くかと云えば、二人には子供たちを導く力を持っているからなのだが、墓参りの発起人でもあるからだ。
 二人は入谷までの道を、人目を引きながら歩いた。志津は絶世の美女で弁天に例えられるのだが、対し兵庫は毘沙門と怖い顔をしている。その対照的な様子が二人を知らない者を振り返らせるのだ。
見られることにも慣れて来た兵庫は足を速めることもなく入谷の竜三郎の店に入った。
「先生、奥様・・・どうぞ」と客の居なくなった店の帳場番をしていた竜三郎の声が響いた。
「子供たちは二階ですか」
「はい、千夏が教え、小夜が手本を見せています」
兵庫は頷き志津を見た。
「それでは私が行って参りますので、お待ちください」
志津が店に上り、更に二階へと上っていった。

 二階では千夏が志津から教えられた玄関での客の迎え方を話し、分かりづらい動作があればそれを小夜がやって見せていた。
志津が上がって来るのは兵庫とは違い足音ではわからない。しかし
「母上様が参られました」と千夏が座を空け脇へ移った、それに反して小夜は、障子に歩み寄り座り直すと、引き手に手を伸ばし衣擦れの音が近づくと静かに引いた。
障子が開き、志津が姿を見せ、入って来た。そして障子が閉められた。

 千夏が座っていた所に座った志津を十六人の新しい子供たち、乙女と珊瑚、押上から手助けに来ていたもも、そで、そのの三人そして千夏と小夜が注目した。
「鐘巻の妻・志津で御座います。今日皆様とお会いできたのは養育所を創ることを言い残し亡くなられた方々のお陰です。その方のお墓参りに養育所の子供たちが明日参りますので、宜しければと皆様をお誘いに参りました。まだ、皆様は養育所の者として届け出を出して居ませんので無理は申しません。明日、鐘巻が迎えに参りますので、もしこの縁を生かし、皆様の将来へ繋げようとお思いでしたら、私の居る押上まで来て下さい。そこから私と一緒にお墓参りに出かけましょう。それでは明日、押上で会えることを願って居ます」
志津は一方的に話を終えると、立ち上がった。
小夜が障子を開けた。出て行く志津の背後に
「若菜さん。私は明日押上に行くからね」
「珊瑚さんですね。お待ちして居ます」
昔の源氏名を久しぶりに呼ばれた志津は、微笑みを返し部屋から出て行った。

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Posted on 2018/07/17 Tue. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その38)】 

 珊瑚と乙女の記載を読み終えた兵庫は、最新の嘉永六年の帳簿を手にした。
その帳簿を開く前に気付いたことがあった。
それは他の年の帳簿と比べて開かれた形跡が少ないことだった。
実際に開いてみると、帳簿の半分以上が白紙だった。
そして記載された最後の方に、“この年、何の異変か娘の足遠の、遠のく”と書かれていた。  
その記載の後に成田屋にやって来た娘は久坂らが御用改めで成田屋に押し込んだ折りに閉じ込められていたアマモとアラメの二人だった。
二人の意志でやって来た者が逃げるとも思えない。何故、閉じ込めたのかの記述はなかったが、もしかすると閉じ込めたのではなく匿ったのではないかと兵庫は思った。
与兵衛にとって娘たちは宝だった。
何もせずに花街に打っても三十両になるが、育てて送り込めば百両を超える礼金を得ることも出来たからだ。
成田屋を頼って来る娘たちが多い時は選別したが、少なくなると大事に育て高い礼金を得られる嫁の斡旋に舵を切ったのではないか・・与兵衛が亡くなった今、そのことを確かめることは出来なくなっていた。

 人、それも養育所としては放ってはおけない浮浪の子供たちを金儲けの種にして来た与兵衛が残した帳簿を拾い読みした兵庫は、
「済みません」と一声かけて耳目を引き付けた。
「与兵衛を頼って来た子供たちのことで、入谷に引き取った乙女、珊瑚、さざえ、アマモ、アラメに付いては事実が書かれて居ると判断しました。他に良い話が一つありました。嘉永六年に成って頼って来る浮浪の子が減ったことが書かれて居ました。これは養育所に引き取られる子が増えたためだと思って居ます。取りあえず帳簿内に記載された子供で、与兵衛の支配下に居る者は居ないので、額賀殿の墓参りが終わる今月末までは、既に養育所の支配下に移った子供たちのために動きます。来月からは帳簿に書かれた子供の中で苦界に売られた子を買い戻そうと思います。その金は与兵衛が残した金や物で賄うつもりです。未だどのくらい使える金が残って居るか確かめて下さい」
「分かりました」
「先日は売られた子が恨みを晴らしにこちらに来ました。金を借りた者の中に恨みを持つ者が居るかもしれませんので多額の借財をした者、そのために大切な物を形に取られた者を帳簿から抜き出し、中川さんに知らせて下さい」
「兵さん、大事な子供に差し当たって急ぐことが無いのなら、明日明後日のことを進めて下さい。金と物の方は任せて下さい」

 成田屋のことで金と物は碁四郎と内藤に頼み、兵庫は明るい内に押上に戻った。
その兵庫に志津が、
「子供たちを散歩に連れて行って下さい」
「明後日の支度は終わったのですか」
「はい、二十二日に向島に行ってから今日まで閉じこもって居ましたから、冷たい外気に触れさせて下さい」
「分かりました。支度させて下さい」

 暫くして女の子たち二十六人と子供たちの姉としてその座を確かなものとした志乃が支度を終えて庭に集まった。
と云っても幼い男の子二人と、その子が行けるのなら私もと婆様も加わっていた。
 二十二日に向島に稲荷や地蔵にお参りした時には護衛や男の子が付いていた。
しかし、今回は先頭に兵庫、殿(しんがり)に志乃が歩いた。
女の子たちにとって女だけで歩けることが、ある意味浮浪からの脱却を意味していたからだ。
浮浪の子たちにとって恐ろしいのは浮浪の子ではなく、町の子だった。
浮浪のこと町の子との違いは、見た目だった。
だが、先日まで浮浪の身で粗末な物をまとっていたが、今は並の町の子たちよりは良い物を着ている。更に着こなしも少しずつだが上達していて、町の子の目は昔の蔑みから今は羨望の眼差しへと変わっていることを感じていた。
もう、町の子は敵ではなくなっていた。
女の子たちは晴れて周りを気にせずに、散歩を終え押上の養育所に戻って来た。
その普通の子に成ったことを喜ぶ女の子たちを志津が出迎えた。

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Posted on 2018/07/16 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その37)】 

 昼食後、押上を出た兵庫は暫くして駒形に入った。
「何ですか」と呼び出しに応じて先に来ていた山中碁四郎が尋ねて来た。
「内藤さ~ん」
兵庫は碁四郎に応える前にもう一人内藤を呼んだ。
そして出て来た内藤に、
「これから竜泉寺町の成田屋に行くので半刻ほど付き合って下さい。与兵衛は金貸しをしていた記録を残しています。成田屋に関わることでどのような災いを受ける恐れが有るのかを今後読み解きたいのです。今回はその場をのぞき見する程度で結構です。付き合って下さい」
 一旦奥に引っ込んだ内藤が、両刀を差すのは重いのか脇差一本で、その代わり重そうな手荷物を持ってお雪を従え出てきた。
「奥さん、内藤さんを半刻ほどお借りします」
「先日金箱が届いた時に、この日が来ることを待って居たようです。半刻とは言わず心行くまで・・」

 駒形を出て、聖天町の乙女が居た仕舞屋前を通り、竜泉寺町の成田屋の角までやってきた。
「ここです」と兵庫が足を緩めた。
「捨てるのはもったいないですね」と内藤が云った。
「はい、それでは裏に回りましょう」
表の板塀を辿って行くと表の口に暖簾が掛けられ、朝方は入れないように置かれていた鉢植えが無くなっていた。
「表が開いて居ますね。入りましょう」
兵庫、碁四郎、虎之助の侍・三人が何の躊躇(ためら)いも見せずに暖簾を潜ったのは、金を借りる客という後ろめたさが無かったからだろう。
 格子の引き戸、寒さ避けの障子戸を開け入って行くと、元料理屋を彷彿させる土間、上がり框、ただその先には客を拒むように帳場格子、そしての内側に矢五郎が座っていた。
「内藤さん待って居たよ。そっちの仕事が終わったら代わってくれ」と矢五郎
「客は来ましたか」と内藤
「幸い一人も来なかったよ」と笑った。
「内藤さん矢五郎さんに呼ばれていたのですか」と兵庫
「矢五郎さんから、貸し金の身返納がまだかなりの居て、月末でもあり客が来るとの読みで呼ばれました。これは軍資金ですが新規の貸し付けは断る予定です。矢五郎さん預かって下さい」と持参した重い手荷物を渡した。
三人は脱いだ履物を持って上がり奥へと入っていった。

 兵庫は碁四郎と虎之助を文机が三つ並んだ与兵衛の部屋に案内した。
「真ん中が金貸しの帳簿類だそうです。内藤さん座って下さい。私は内藤さんの右に座ります。浮浪の子供たちのことが書かれたものを見ます。碁四郎さんは借金の形に入れた物のことが掛かれているのを見て下さい」
「話を聞くと質屋もやって居たと云う事ですね」と碁四郎が云った。
「それは金貸しの上限を超えた相手や、身元の不確かな相手に逃げられないようにですよ」
と内藤が説明した。
「碁四郎さん借金の形は別の部屋に整理されていますよ」
「後ほど帳簿と合わせて見ます」

 兵庫は帳簿を並べると天保十年から嘉永六年まで年毎に一冊と分かり易く整理されていた。その中から十年前の天保十四年を開き見て行くとサンゴの名が在り、天保十四年八月に吉原のはつね屋に三十両で売られたことが記されていた。
 次に、乙女の記録を探した。乙女の歳は推測すると二十三・四。与兵衛の所を尋ねたのは十四歳では駄目で十六歳と本人が言っているから、与兵衛を訪れたのじゃ七・八年前と導き出し、兵庫はその年の記録、七年前・弘化三年を開くと、乙女の記録が見付かった。
長い記録を纏めると、乙女は花街に売られることなく嫁修行させられることに成った。
読み書き算盤は与兵衛が教えたが評価は良くない。
しかし、己の妾に指導を頼んだ実務と芸事では、芸事に興味を示した乙女の才能が目覚め花を咲かせたことが書かれていた。
他に、妾が姿を消したことが一行書かれていた。
乙女が与兵衛の妾にされたのは芸事を教える者が必要だったからかもしれない
現在の乙女が育てられたおおざっぱな経緯が分かった。

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Posted on 2018/07/15 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その36)】 

 案内する彦四郎が、
「鐘巻さん、この家の中を全て回った訳では在りません。納戸に成って居る部屋には与兵衛の物とは思えないお宝が有るようですが、その価値は私らには分からないので見て居ません。与八郎の居間ではないかと思われた部屋に入った所で書付を見つけました」
そして中庭に面した部屋に案内された。
「ここです」
その部屋は八畳間で文机が三つ置かれて居た
真ん中が貸金業関係、右がここにやって来る浮浪の子供たちのこと、左がいわゆる嫁入り先など子供たちの売り先について記載する文机です」
「背後の書棚もそのように分かれているのですね」
「はい、几帳面な男のようで、乱れた置き方はしていません」
「それは有り難いです。整理の手間が省けます」
「古い物は、押入れの中に整理されています」
「分かりました。今日の午後、何人か連れてまた参ります」

 兵庫は朝飯を食べに行った勘三郎が戻る前に成田屋を出た。
寄りたい所は駒形だが、会いたい内藤は子供たちの教育に専念して居て呼び出せない。
兵庫の足は駒形を通り越し、神田川沿い平右衛門町の船宿・浮橋に向かっていた。
碁四郎に会うためだが、碁四郎には昇龍院を任せているため、会えないかも知れない。
案の定、浮橋の暖簾を潜った兵庫に、番頭の幸吉が
「旦那なら、昇龍院に行っています」
「昼飯後、駒形で会いたいと伝えて下さい」
「分かりました」

  押上への帰り道、回って来た二軒の家を何に使えばよいのか、兵庫に名案は無かった。
ただ、お琴の話では、中之郷元町の養育所に住む大人を聖天町の家に移し、入谷に収容した子供たちを中之郷元町の養育所に受け入れようとの考えのようだ。この案は採用できそうな気はした。しかし、成田屋については知れば知るほど使い道に迷い始めていた。
成田屋には与兵衛の書付が残って居る。それは与兵衛に巨額の富をもたらした記憶であるが、反面恨みの記録でもある。与兵衛は恨みを買って死んでは居るが、公には成って居ない。恨みが消えない者が居ると思わなければならない。
この怨念を取り除くためには、どこかで与兵衛に改めて死んでもらわなければと思いながら、押上に戻って来た。

 自室に入ったが部屋にぬくもりは無かった。
押上内には最近になって来た多くの女の子がいる。ただ修行を積んだ千夏と小夜は入谷へ、お玉は薬研堀の預かり所へ、お松とお竹は草加宿の坂崎道場へ出ていて日頃の手本になる者が不足していた。
そのために、志津も出て、子供たちが浮浪暮らしで身に付けた振る舞いを改めさせようとしているのだ。
ただ修行は、子供たちの望むことであり、努力を惜しまないため、教え甲斐も在った。

 昼少し前に成って、志津が預けておいた千丸を抱き戻って来た。
「道普請は如何でしたか」
「明後日に歩いて、子供たちを誉めてあげて下さい」
「分かりました。午後はこちらで過ごされますか」
「いや、駒形に碁四郎さん呼びましたので出かけます」
「何か御座いましたか」
「実は聖天町と竜泉寺町に行って来ました。先ず土産話からします。乙女の部屋には三味線や鼓、舞扇があり、二階のサザエの部屋にも在りました。土産話に成りましたか」
「分かりました。明日、入谷に行きたいのでお願いします。それでは土産話でない話もお聞かせください」
「与兵衛ですが、金貸しもやって居ました。借金を返せない者から色々な借金の形を取って居ました。中には耐えがたいものもあったような・・。ただし与兵衛は公にはまだ死んでませんので殺しに来るような者が居るような気がしたので、そのことを碁四郎さんと相談しておこうと・・・」
「分かりました」

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Posted on 2018/07/14 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第110話 お蔭参り(その35)】 

 聖天町の家を己の目で見終えた兵庫は、その時家にいた富五郎の他にお琴、中之郷元町で賄い修行中の勝太と夏吉、それとお琴の用心棒として来た保安方の仁吉に竜泉寺町の成田屋へ行くことを告げ、聖天町を後にした。

 成田屋は聖天町の仕舞屋と比べるとかなり大きい。建物のほとんどが板塀で囲われている。表通りの一分塀が切れたところが出入り口だが、目隠しの網代塀が在り家の出入り口は外からは見えない。
 兵庫が成田屋の表に着いた時も入口には出入りを妨げる鉢植えの木が置かれていた。
兵庫は塀伝いに裏へ回ると裏木戸が在り、閂を外すと戸が開いた。
勝手口から家に足を踏み入れるとそこには勘三郎が手あぶりを抱えていた。
「雪駄が二足並んで居ますが、中川親子ですか」
「寝て居るのを起こされました」
「朝飯未だのようですね、食べに行って来て下さい」
「そうしたいのですが・・・」
「勘三郎さん、手当は私と同じなのですよ。渡したのをみな飲んじゃったのですか」
「面目ない。久しぶりで止まりませんでした」
兵庫は財布から一朱取り出し、財布を振って見せ、一朱銀を渡しながら、
「人が来た時、与兵衛の倅に居て貰わないと困ります。早く戻って来て下さい」

 兵庫は勘三郎が戻るまで広い台所を見て回った。
道具類は暫く使われた形跡がないが充実していた。
家の作りから成田屋はこの辺りでは著名な料理屋だったように思えた。
ただ、与兵衛が料理屋の主とは思えないが、珊瑚がここに来た十年ほど前には主に成って居たことに成る。表の成田屋の軒看板は風雨に晒され見る影もなく、かろうじて金文字だった昔の面影を残すに留まっていた。

 成田屋を生かして使うのなら、看板の掛け替えは必要だがやはり料理屋が良さそうに思えた。しかし、店構えからすると料理の他に多少の媚も売らねばならない料理屋となり、それは養育所とは似合わない。
役者は幾らでもいるのだが・・・兵庫の顔が緩るみそうになったのを引き締める足音がして姿を見せたのが、中川矢五郎と彦四郎親子だった。
「鐘巻さん、良い所に来てくれました。ここは魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の住処だったと改めて思わされたよ」
「何か見つけましたか」
「ああ、与兵衛が残した書付だよ」
「話して下さい」
「与兵衛は金貸しから、身を起こしている。この店も借金の形で手に入れた物だよ」
「金貸しは想像の範囲内ですが」
「金貸しが借金の形に物を取るのは確かにありふれたことだが、与兵衛は借金の形の取りにくい武家には変わった形をとっていたよ」
「どの様な」
「鐘巻さんなら思いつくかもしれないが、与兵衛は集めた浮浪の娘を武家に養女として受け入れさせ嫁に出せる年頃まで武家娘にしたて仕立て上げさせていた。さらにこの娘を武家娘として商家の嫁に送り込むと借金を棒引きにした。代わりに、与兵衛は商家から武家が作った借金以上の礼金を受け取るという流れだ」
「なるほど、似て非なる点が多くありますね。先ず、集めて居るのは浮浪の娘だけでなく男の子も居ます。他人に頼んで武家娘の様に仕立て上げさせるのではなく、養育所の者が自ら子供たちに武家の躾を教えています。さらに嫁に送り込むのではなく、先様の願いを受けて、子供が受け入れれば、養子に出す話を進めています」
「それは分かって居る。何よりも与兵衛と養育所が違うのは、与兵衛は自分のためにするのに対して養育所は子供たちのためということだ。与兵衛が残した書付はかなりあり今後見て秘められている災いの有無を確かめて置かないと与兵衛が受けるべき災いを我らが受けることに成りかねないからな」
「私も早めに与兵衛が関わった記録を読み、備えを怠らないようにしたいと思います。書付の置かれている部屋はどちらですか。もう直ぐ勘三郎さんが戻りますので、戻ったらお願いします」
「わしがここの番をする。彦四郎、案内してあげなさい」
兵庫は彦四郎に従い、台所から出て行った。

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Posted on 2018/07/13 Fri. 04:01 [edit]

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