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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その49)】 

 坂崎を送った兵庫は、継志堂の者たちにも十三人を匿っていることを内緒にするように言い、繁蔵を連れ二階に上がった。
暇を持て余していた者たちの目が兵庫と繁蔵に集まった。
「これから大切なことを云いますのでよく聞いて下さい。昨日、中之郷で茶会が開かれたことは奉行所定廻りや岡っ引きに知られています。恐らくその狙いが皆さんを誘き出す誘いだと云う事も知られて居ると思っておいた方が良いでしょう。岡っ引きは既に継志堂や隣の経師屋を見に来たはずです。ただ、何もなかったように振る舞っているので、首をかしげて居るはずです。近所の者たちに聞き回っても何の確証も得られないでしょう。ですから、もし来たら、昨晩、事件は起こらなかったと云う事にします。いいですね」
「分かったが、もし、我らがここに居ると知られたら、どのように弁解するのだ」
「それは在りえます。定廻りは私の知り合いで、私の嘘を見抜くことに長けていますので、少しでも疑われたら隠し通すことはしません。その時は皆さんと手打ちをしたことにします。皆さんは客です。ですから侍には両刀をお返しします。ただし長い方は部屋に置いたままにして下さい。宜しいですか」
「それで良いが、この包帯は外さないとだめだろうな」
「そうですね、一人なら兎も角、皆が包帯をしていては納得させる言い訳が出来ません。私が相手の手足を打つことを知って居ますからね。二階から降りる時は、少し痛いでしょうが白い物を外して下さい」
「分かった」
「常吉さん、乙次郎さん。刀を持って来て下さい。尚、長どすについては浅草を離れた後にお返しします」
常吉と乙次郎が刀を取りに部屋方出て行った。
「私が次にすることは久蔵殿と繁蔵殿を向島の圓通寺に案内することです。船宿浦島で無くなった正一さんを弔い供養して貰うためです。ただ、帰りが皆さんを解放する時刻より遅れるといけませんので、ここで皆さんにお約束の一人、五両をお渡し致します。私が居ない時に出て行かれても構いませんが出来るだけ早く大川を渡ることをお勧めします。また怪我をされて居る方で治療を希望される方は、浅草を離れ彦四郎殿の屋敷に移って頂きます。ただしその方には遊びに出歩かれては困りますので金は渡しません。何か不都合が在りますか」
「鐘巻様」と久蔵が声を上げた。
「やくざ者が頂いた五両を今後の暮らしに役立てることは難しい話です。それが出来るようになるまで、ここに残りたい者を預かって頂けませんか」
「それには養育所の不自由な決まりに従ってもらう必要が在ります。子供たちの手本に成って頂かないと困るのです」
「その決まり事を、常吉さん、乙次郎さんも守って居ると云う事ですか」と久蔵が確かめてきた
「もちろんです。世の中では当たり前のことです。子供でさえ守って居ます」
「聞いての通りです。五両受け取るか受け取らぬか、心して決めることだ」と久蔵が念を押した。
 男たちは顔を見合わせていたが、繁蔵の子分だった島吉が
「俺はここに残りたい」と意思を明らかにすると同じ繁蔵の子分の圭次、空太の二人が
「俺も」「俺も」と続いた。
この三人は運よく怪我をしていなかったのだが、それがために治療・養生を口実に残ることは出来ない。
かと言って、残らずに町に出て暮らしを立てる術を知らない。他のやくざ者の中に入ることに成るのだが、よほどの者でない限り新参の憂き目を見ることに成る。その厳しさを思うと、今、匿われている暮らしは暇とはいえ心地良いのだ。
三人が残る意思をいち早く示した訳は不明だが、三人に続き久蔵の子分二人が声を上げた。
この二人も怪我をしていなかった。
「意思を表明されない方は皆、怪我をされて居ますので、怪我が治るまでに意思を明らかにしてください。それにしても私の読みがくるってしまいました」
「どのように狂ったのですか」と繁蔵が聞くと、他の者たちが兵庫を見た。

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Posted on 2017/06/20 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その48)】 

 兵庫、乙次郎、竜三郎が入谷の繁蔵宅に行くと、繁蔵が外に出て女を送り出す所だった。
その女、今朝眠りの邪魔をした兵庫を覚えていたのかやって来て
「お世話に成りました」と頭を下げた。
「これからが大変です。頑張って下さい。もし手に負えないことが在りましたら、ここの新しい主に成ります竜三郎に相談して下さい」
「有り難うございます。繁蔵さんのこともお願い致します」
「そのつもりで参りました」
女は再度繁蔵に頭を下げ去って行った。

 家に入るや、繁蔵が
「城明け渡しの相手が竜三郎さんとは、鐘巻様も考えましたな」
「この洒落を知る人は町には居ませんので、町の者に受け入れられるまでになるのは大変です。それが竜三郎さんの修行です」
「修行と云われても何をしたらよいのか」
「とにかく町内を歩き回ることで顔を覚えて貰い、どんな些細なことでも構いませんので、人様の役に立つことを、対価を求めずにすることです。先ずは家の前の掃除は欠かさずに、道が荒れたら普請をしたら如何ですか」
「しかし、仕事をしなくては干上がってしまいます。かと言って手に職は在りませ・・・」
「信用されれば仕事は幾らでも在ります。内藤さんは板橋に居た頃は商家の暖簾を潜っては“何か御用は御座いませんか”と聞いて回って居たのです。その代金は相手の言い値でした。肥を担いだことも在ったそうですが信用が付くと歩合の良い仕事にも在り付けたそうです。その欲が無く、勤勉な事を知って居たので、養育所を開く時に発起人の一人に成って頂いたのです」
「分かりました。早速家の前掃除から始めます。繁蔵さん、箒は何処ですか」
「おとき、用が有ります。来て下さい」
 奥から女がやって来た。
「旦那様、御用とは何でしょうか」
「私は、この家を出ることに成り、こちらの竜三郎さんが代わりに入ることに成りましたのでもう旦那様ではなくなりました。急なことで申し訳ありませんが、お前のためにここに五両用意しました。これで勘弁して下さい」
おときは、急に暇を出され困惑した様子を見せた。
「おときさん、確か賄いの仕事をされて居るとおっしゃいましたね。ここで続けて働く気が在れば雇いますが如何ですか」
「お願いします。行く所が無いものですから」
「それでは養育所で雇います。賄い以外にも竜三郎の手助けをしてもらいます。食事、寝床付きで日当たり一朱支払います。それで宜しいですか」
「一朱、そんなに、お願いします。一生懸命働きます」
「竜三郎さんも同じ条件で雇います。必要な物資を買う金と二人の賃金は内藤さんから受け取って下さい。仕事は町の信頼を得ることです」
「分かりました」
「それでは、私たちは繁蔵さんと駒形に戻ります。それと落ち着いたらおときさんを駒形の内藤さんの所に寄越して下さい。つながりを持って頂きますので」
「分かりました」

 兵庫と乙次郎が繁蔵を連れ駒形に戻ると帳場では元宮大工の彦次郎が待って居た。
「先生、道場の解体を始めたいのですが、構いませんか」
「昨夜やって来ました十三人を今日中に本所側へ移動させますので、明日からにして下さい。解体の作業については元東都組の者たちが手伝ってくれることに成って居ます」
「それは助かります。屋根職人の久米吉さんに声を掛けておきます」
「お願いします」
彦次郎が出て行くと、内藤が
「久蔵さんは継志堂ですが呼びますか」
「いや、こちらが行きますが、預かり所の子供たちはどこに居ますか」
「もう道場には居ません。寺に遊びに行きました」
「それでは十三人に渡す約束の六十五両を出して下さい。継志堂には裏から回ります」
「そうですね、そろそろ岡っ引きの勇三さんが巡回をしてくる頃でしょうから、見慣れぬ顔は見せない方が良いでしょう」と云いながら、用意してあった六十五両を兵庫に渡した。
「勇三さんには、ここに居ることが分かって居る元東都組の者だけを見せることにしましょう」
「はい。何事も無かったように振る舞って貰います」
と云う事で、二階に居る元東都組の者が何人か帳場に呼ばれ、昨夜の出来事を奉行所に漏れない様に指示が出された。

 継志堂に移った兵庫と乙次郎は、昨夜から寝ずに居た坂崎に
「長い間、有り難うございました。この様に繁蔵殿も連れて来られましたので、お役を解きます。中之郷にお戻りください」
「それは有り難いが、鐘巻さんも少し休んだ方が良いぞ」
「はい、そうします」

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Posted on 2017/06/19 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その47)】 

 捕らえた十三人とやって来た久蔵親子の朝飯が足らなくなるのは分かって居たから、明け方、河岸に買い出しに行く中西肝太郎が立ち寄った時追加注文を出してあった。
その事を、押し込みを避けるための疎開先から戻って来たお雪や賄いの女たちは、内藤から、内緒ですよと口止めされたうえで聞かされた。
「荒くれさんが十五人も増えたのではご飯が足らないわ。二升足して五升釜を使いましょう」と大釜をつかってきたお糸が言った。
実はこの日用意していたのは、元東都組十人、継志堂六人、内藤夫妻、新吉・お糸夫妻・経師屋為吉、裏店暮らしの建具屋の建吉と大工の亀吉、子供預かり所を利用している三家族七人、計三十人分として三升だった。
この他に前日の残り飯が在るので、兵庫、常吉、坂上、乙次郎らが残っても何とか足りるとの読みだった、
しかし、捕らえた賊にまで温かい飯を炊いて食べさせるとは思って居なかった。
この日の賄い女はお糸、お雪と子供預かり所で雇っているお岸とお定の四人だったが、段取りが大きく変わった事に文句を言う者は居ない。むしろ兵庫の優しさに応えようと働いた。
そして出来上がった。
しかし、五十人近くの者が集まり食べる場所も無ければ、また荒くれたちと女子供が一緒に食べるのも避けたかった。好き嫌いの問題ではなく外部に間違った話が伝わるのを恐れたからだ。
結局食事の場所は道場、継志堂、経師屋の帳場、そして台所の四か所に設けられた。
子供が多く居る養育所では配膳に子供たちが活躍するが、駒形から子供たちの姿が消え、道場の解体が始まると、隣の継志堂への配膳には岡持を使い、大人がまとめて部屋まで運びそこで配膳するようになり始めた。道場が使えなくなった時の対応は出来ていた。
継志堂の者たちが、昨晩やって来て捕らえられた者たちに岡持を使い朝飯を運んだのだ。
その中には、賊と食事をする兵庫、坂崎、乙次郎の分もあった。

 その食事の席で、
「入谷に行き繁蔵さんに会って戻って参りました。先ず、皆さんを解放するときに渡すと約束しました一人五両の金は何とか手に入れました。ただ、町の目が在りますので、解放時期は少し遅れます」
「本当に繁蔵に会って来たのか。それと少し遅れるとはどのぐらいだ」
「お疑いご尤もです。繁蔵さんに会った証はこの刀です。島吉さん、圭次さん、空太さん、見覚え在りませんか」と入谷から持ち帰った刀を刀持ちの様に立てて見せた。
「間違いない。それは繁蔵親分の物だ。その刀だけでも売れば一人五両の金は出る」と島吉が言った。
「それでは他のことは、急な来客が在ったと云い用意させた朝飯を食べながら話します。五升炊きの釜で炊いたものを五十人ほどで分けましたので皆さまには少々足りないでしょう。出来ればよく噛んで顎を疲れさす要領で食べて下さい」
兵庫が食べ始めると遠慮ない男たちも食べ始めた。
「皆様の解放時期は、吾妻橋を渡り浅草側の役人の目が届かなくなった所で、早ければ今日の夜に成ります。それまでは窓から顔を出すことをせずに待って居て下さい」
 そして、朝飯が終わった。
「私は、これから入谷の家を引き取りに、そして繁蔵さんを迎えに行って来ます。直ぐに戻ってきます。乙次郎さん、常吉さんと代わり付き合って下さい。坂崎さん、戻ったら御役目を変わりますのでお待ちください」
「常吉さんから、どのような段取りがされたのか聞いておきます」
「そうして下さい」

 兵庫と乙次郎が経師屋の帳場に戻ると内藤の脇に竜三郎が座って居て、表座敷には残りの元東都組の者たちが控えていた。
「皆さん、竜三郎さんには入谷の家に入って頂き、あの家に浸みこんだ悪いものを拭い去って頂きます。大変だと思いますが頑張って頂きたいです。他に聞いたかもしれませんが神明町の家は今朝、鬼吉さんにお願いしました。もし皆さんも養育所で働きたいとお思いでしたら、礼儀と忍耐を身に付けて下さい。そのお手伝いはしますよ」
「心配するな。私は乞食同然の浪人でした。常吉さん、乙次郎さん、鬼吉さんも皆、礼儀も知らない、ならず者でした。浮浪だった子供たちも、今では読み書きができるように成って居ます。やる気を失わずにやれば出来るように導いてくれますよ。ここは養育所ですからね」内藤が励ました。

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Posted on 2017/06/18 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その46)】 

 繁蔵にとっては信じられないことが起きたのだが、兵庫の話を聞いて居ると、兵庫の話に乗らずに済ませる手立てが見つからなかった。
「人のことを云うのもなんだが、もう一人久蔵が居るのを知って居るか」
「はい、昨晩浪人や子分を送り出し空になった所に押しかけ、全財産で償う意思を表明して頂いたので、娘のお由と共に受け入れることにし、今、二人は駒形に居ます」
「そうか・・・それではわしも同じようにしてもらえるか」
「有り難うございます。ところで繁蔵殿には頼りになる方は居ますか。私たちが赦しても町の者が赦すかは別問題ですから」
「全財産を失った嫌われ者では、たとえ身内が居ても駄目だろう」
「今、昨夜起きた事件は伏せて在りますが、夜が明ければ漏れるでしょう。捕らえたお身内は戻りませんので打ちこわしに遭う恐れも在ります。お身内以外の者に守らせましょう」
「そうして下さい」
「なお、失礼ながら押入れの金は預かりました。これは浪人らの今後のために使わせて頂きます。ただ文箱の金は残してありますのでお使いください」
「有難い。使わせてもらうよ」

 駒形に戻った兵庫は帳場で番をしていた内藤に入谷の情況を話し、得た金を預けた。
「奉行所に届け出を出さずに済むようでしたら、神明町と入谷の家は養育所が預かることに成りますが誰に見させましょうか」
「神明町の番ですか」と兵庫は大きな声を表座敷に向けて出した。
「そうですが、誰か居ますか」と内藤が兵庫の意図を察して相槌を打った。
「鬼吉さんにお願いします」とまた大声
「私ですか」と傍にいた鬼吉が戸惑いを見せた。
「鬼吉、お前なら出来る」と常吉が後押しをした
「あそこは、浅草や本所と離れています。一人では何かと・・近くの入谷でしたら・・」
「入谷は繁蔵さんに狙われた因縁のある竜三郎さんに頼もうと思っているのです。鬼吉さんの心配も分かりますので、ひとり人を付けます」
「それでしたら、何とか頑張れそうです。相棒は誰ですか」
「私の一存では決められないので、親の許しを得てきます」
「親の許し?・・・まさか養育所の子供で、奥様の許しを得るのですか」
「なるほど、その手が在りましたか。でもそれは押上に戻らないと叶いませんので、手っ取り早くしましょう」
兵庫は立ち上がると表座敷と帳場を仕切る障子の外から
「久蔵殿、鬼吉さんに神明町の留守居役を頼むのですが、あの辺りの勝手が分かる人を付けたいのですが、お願いできませんか」
「わしは殺してしまった正一を弔いたいので、お由で良ければ、こちらからお願いしたい」
「鬼吉さん。相棒はお由さんです。構いませんね」
「そ・それは、私にではなくお由さんに聞いて下さい」
障子が開き、お由が姿を見せた。
「鬼吉さん、私で良ければ・・・」自由奔放なお由の目が少し潤んでいた。
「よし、決まりました。鬼吉さん、今からお由さんと押上に行き、志津に会い神明町に向かいなさい。お由さん、金は残って居ますね」
「はい」
「それでは早く行きなさい」
 嬉しそうに出て行く娘を見送った久蔵が、
「不謹慎なことを云うが、悪事を働いたお陰で娘の気に入るまともな男に巡り合えたよ」
「悪事ではなくて、良いことをしていたらもっと早くお由さんの気に入る男に巡り合えましたよ」
「そうかも知れぬが、あんなに喜ぶ娘の顔を見たことは無かったよ」
「それは良かったですね。しかし久蔵さんと繁蔵さんには仏門に入って頂き、類が子分衆に及ばない様にして頂きます。朝食後、私、久蔵殿それに竜三郎さんで入谷に行き、竜三郎を新しい主として置き、繁蔵さんを引き取り向島の圓通寺に案内いたします」
 駒形に戻ってから、話を聞く側に居た碁四郎が、話が終わりに近づいたと感じたのか
「それでは、私は飯を食いに行って来ます」と言った。
「長い一日ご苦労様でした。何か起きましたら呼びに行きますので休んでいて下さい」
「眠りたいのですが、舩箪笥の仕掛けを解き明かすまで眠れそうも在りませんよ」
「何が飛び出すか楽しみですね」

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Posted on 2017/06/17 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その45)】 

 嘉永六年九月十九日(1853-10-21)夜明け少し前、兵庫が
「これから私と山中さん、常吉さん、鬼吉さんで入谷に行って来ます。私たちが皆さんを捕らえたことを分からせるため繁蔵の所から来た御三方の名を聞かせて下さい」
三人はもう抵抗しなかったというより協力的ですらあった。
それぞれが名を島吉、圭次、空太と名乗った後、島吉が
「俺の脇差を持っていけ。親分から貰った物で誰にも触らせたことがないことを知って居るから、役に立つかもしれない」
「それは助かります」
常吉が預かった脇差を持って来て確かめると、腰に差した。
「そろそろ賄いのため女たちがやって来ますので」と断り、兵庫は
元東都組の十人に経師屋の二階で、刺客としてやって来た者には継志堂の二階で、但し、久蔵さん親子は表座敷で仮眠をとるように命じた。
坂崎と乙次郎には継志堂で警護を頼み、そして首尾を伝えて貰うため中川親子を中之郷に、根津甚八郎を押上に戻した。
そして後のことを内藤に頼み明け六つの鐘が鳴るのを待たずに駒形を出た。
鐘が鳴るまでは木戸を通らず裏道を進み、鐘が鳴った時には既に入谷近くまで来ていた。
「先生、あの未だ戸の閉まって居る家です」
「たいした錠は掛けていないでしょう。押し入りましょう」
案の定、戸に設けられた落としも不完全で少し持ち上げると戸が開いた。
中に入ったが宗十郎頭巾は被らず、有明行灯の灯が漏れて来る部屋に近づくと灯りが消えた。そして朝の支度をするためか女が出て来た。驚く女に、
「乱暴はしません。繁蔵さんと話をし、直ぐ帰りますので奥さんも部屋に戻って下さい」
「私は繁蔵さんの妻では在りません。賄いで雇われている者です」
「繁蔵さんの部屋は何処ですか」
「一番奥です」
「その部屋には女の方が居ますか」
女が頷き「でも奥様ではありません」
「娘さんでもありませんね」
「お妾さんです」と女は笑って答えた。
「それでは、あなたは、いつものように賄いの仕事をして下さい」

 奥の部屋に行き、障子を開けると、布団が二つ敷かれていて一つが動き、兵庫を見て声を上げた。
「親分さんに用が有って来ました。あなたには用は在りませんので暫く部屋を出て頂けませんか」
女は身繕いをすると着替えを持って部屋から出て行った。
少しばかり音を立てたのだが、繁蔵は目覚めなかった。
「常吉さん、鬼吉さん家探しして下さい」
鬼吉は床の間に置かれた繁蔵の刀を腰に差し、床の間に置かれた入れ物を、常吉は押入れを開け、置かれている入れ物を調べ始めた。
金の在り場所は直ぐに分かり、床の間の文箱の中の金はそのままに、押入れから取り出された金・凡そ二百両は風呂敷で包まれ、常吉の腰に巻き付けられた。
「それでは繁蔵を起こして下さい」
鬼吉が繁蔵の枕を蹴飛ばした。
だるま落としよろしく頭が落ち、繁蔵が目を開けた。
見慣れぬ男、しかも四人に見下ろされているのに気づき、起き上がろうとしたが掛け布団を踏まれて居るため身動きが出来ず、
「誰だ!」
「鐘巻兵庫と申します」
名を聞き男は開いて居た目を閉じたが、意を決したのか開け
「鐘巻様、何の用でしょうか」
「常吉さん、腰の物を見せてあげて下さい」
常吉は腰の脇差を鞘ごと抜き、鞘の湖尻近くを持って繁蔵の上にかざして見せた。
「そいつは・・・」
「はい、島吉さんから借りてきた物です。押し込みが不首尾に終わった証です。十三人全員を捕らえました。内八人が打撃を受け怪我をしましたが一滴も血は流さずに済みました。先ずはそのことをお伝えしますが、何か疑念が御座いますか」
「疑念を通り越し、信じられぬ」
「それは私も同じです。これほどこちらの読み通り行くとは思っても居ませんでした。この先の読みですがお話ししましょうか」
「出来れば寝ながら聞くより起きて聞きたいのだが」
「失礼しました」
布団を踏んでいた足が無くなり、久蔵が起き上がると、兵庫等四人が座り対座した。
「先ほど申しましたように、死人が一人もなく奉行所に届けを出さずに済む程度の事件で済みそうですが、十三人の皆さんにはそれぞれ恥辱を味会わせてしまいました。この事件を引き起こしたのは私たちの調では繁蔵殿と認識しています。昨夜以前に起きた船宿浦島では一人が死にました。実はその他に二人が大怪我をしたため私どもで治療をし、匿って居ます。更にもう二人も元東都組の竜三郎を襲おうとしたため懲らしめた上、匿って居ます。いま惰眠をむさぼって居たのは繁蔵殿です。私はあなたが改心し我らに与えた損害を弁済する意思を表せば、奉行所に渡すことをせず赦すことにします。参考までに脅しと思って頂いても結構ですが私の兄は南町奉行所与力の鐘巻で御座います」

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Posted on 2017/06/16 Fri. 04:01 [edit]

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