09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その35)】 

 一瞬だが間が空いたのを捉え
「鐘巻さん。地固めに何人必要ですか」と彦四郎が確かめにきた。
「多いほど良いのですが、脱藩の御三方を除いた無役の方々に千疋屋の店開きの手伝い、坂崎道場の道場開き、越谷の道場作りをお願いしたいのです」
「鐘巻殿、私の知り合いは日光街道を通ることはまずないのです。参加したいのですが、駄目でしょうか」と脱藩者の一人、加瀬了が尋ねた。
「私も」「私も」
と他の脱藩した侍も声を上げた。
「私は、皆さんの行動を束縛しようとは考えていないのです。ただ皆さんの行動が養育所に災いとして及ぶのを避けたいのです。外でお国の方々と起こした問題を養育所に持ち込まないと約束して頂ければよいのです。ただし、一つ条件が在ります」
「何でしょうか」
「それは、私たちは御三方が脱藩者であることを知らないことにします。浪人として付き合わせて頂きます。それでも宜しいですか」
「私はそれで構いません」
「私も」「私も」
「それでは、無役の方々で参加できる方は剣術の支度をしたうえで、替えの草鞋を持って玄関先に集まって下さい。根津さん、坂崎道場の道場開きですので参加して下さい。それと彦四郎さん、土産にするので米俵一つお願いします」

 玄関先に集まったのは、兵庫を十軒店まで追いかけ襲った、加瀬了、新藤栄二、本庄一、西沢三郎、天道象二郎の五人、久蔵一家だった総三郎、浜吉、岩五郎、卯吉の四人、そして繁蔵一家の者だった喜重、島吉、圭次の三人それと甚八郎と背負子を背負った兵庫の総勢十四人だった。
「これから出かけますが、私と根津さんで背負子を運びます。残った方々で俵を運んで下さい。私は駆けませんが出来るだけ早く歩きますので、一人で運ぶと恐らく草加宿に付いて来られないでしょう。少し待ちますので運び方を相談して決めて下さい」
この手のことは侍より町人の方が知恵が在る。
「この俵は十五貫は在ります。二人で駕籠舁きするか、戸板に乗せて四人で運ぶかですが、お侍はどちらが宜しいですか」
「駕籠舁きは遠慮したい」
「戸板に乗せるのも縁起が良くない。戸板の代わりに木刀二本を横串に刺してはどうだ」
「それが出来るかやってみよう」
やってみると、前後の間が詰まり歩きづらいと云う事で、色々やった結果、俵に六尺棒を縦串に通して四人で運ぶことに成った。

 中之郷元町を出た一行十四人は兵庫と甚八郎を先頭に歩いて居た。
吾妻橋の中ほどで
「甚八郎、私は駒形に寄り、何か情報が届いているか聞いて来ます。橋を渡り切った所で荷を下ろすので受け取って、先に行って下さい」
「分かりました」

 一行と一時的に分かれた兵庫が駒形の経師屋為吉の暖簾を潜り中に入ると、なんと山中碁四郎が内藤虎之助と話をしていて、その話を棒手振りの伊佐次来るのを待って居た久八、鎌之助、六助、大二郎、小助が聞いて居た。
「碁四郎さん、道場開きは午後ですからもう少しゆっくりで良かったのに」
「浮橋に居てゆっくりできる訳がないでしょう。私は主の筈なのですが、居候扱いされ、心地の良い身の置き場が無いのです。幸運にも新門の噂が流れていたので、その様子を見ながら草加宿の道場開きに行って来ますと逃げて来たのです」
「浮橋で一番若いのですから仕方ないでしょう。ところで内藤さん、新門の件で何か入って居ますか」
「はい、二人から。先ず岡っ引きの勇三さんから久坂殿の言伝ですが、新門はお偉いさんに手を回して本気でもみ消しを図っている。千両は消えたと思ってくれとのことです」
「本気でもみ消しを図りたくなる出来事だったわけですね」
「弥一さんの話ですが、新門方にかなりの怪我人が出ているそうです。それが切り傷ばかりではなく、火傷が多いようです。恐らく出火したのではないかとの読みですが、あの夜半鐘は鳴りませんでした。というより鳴らさせなかったのではないか、火消の家から付け火にしろ、火を出しては言い訳出来ないですからね」
「斬られて死んだ者の中にも火傷をした者が居れば、賊が火を付け、消している者を斬ったことも考えられますね」
「そう成りますが、これ以上の捜査はしないようです」
「分かりました。碁四郎さん、十三人が先行して草加に向かって居ます。追いかけましょう。皆さんもう直ぐ伊佐次さんが来ると思います。昼飯の食材運び、お願いしますよ」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/19 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その34)】 

 嘉永六年十月九日(1853-11-9)、目覚めると兵庫はいつもの事だが稽古着に着替えた。
直ぐに稽古をするわけではないが、倅千丸のおしめを洗うのが、その日の寝起きにする仕事に成って居たからだ。
 兵庫は山中碁四郎、内藤虎之助の三人で御上に願い出て開設した養育所の主である。
寝起きする押上の養育所での仕事の一番は剣術を教えることだが、剣術道場を任せて居る者を置いているため、二六時中道場に居る訳ではない。
他に仕事と云えば預かっている子供たちや養育所で働く女や年寄りの安全のために見張る事であろうか。
それも保安方を配置して居るため片手間で、実際に押上でまめにしている仕事は、働く女たちに頼まれてする薪割、水汲みと庭道場での消耗の激しい草鞋作りである。
 兵庫はじっとして居ることが苦手であるため外出が多い。
特に養育所と関連する拠点が多くなってきたため、その様子を見に行くこと、これが兵庫の仕事かもしれない。

 その外回りの仕事に今日も出かけようと思っていた。
行先は最近に成って新しい拠点に加えられた日光街道草加宿の千疋屋と手に入れた道場、さらに越谷宿の旅籠福寿屋である。
 ただ、今日出かける目的は様子見ではなく、折角出来た拠点を根付かせるための支援である。拠点が出来た訳が、刺し違えて死んだやくざ者の跡目を継いだことに因るもので、その後、跡を継いだ越谷宿や草加宿にやくざ者が現れ騒動を起こした。騒動は跡目を継いだ乙次郎や仙吉により制圧されたが未だ、安心できない。
 そうした中、宿場の縄張りを狙う者の影が兵庫の前に姿を見せた。それは兵庫の良く知る新門辰五郎だった。新門としてはしくじりだった。
浅草をうろつくやくざ者を金で雇い、草加宿に差し向けたのだが、用心して居た仙吉や兵庫らにより宿場の者の前で打ち負かされたのだ。兵庫はやくざ者たちに真実と推測を話し、やくざ者を江戸に戻した。
半ば洗脳されたやくざ者たちが昨日未明に新門宅に夜襲を掛け双方合わせて十四人の死者を出す大事件となった。
新門はこれ以上動けない。今が宿場支援に乗り出す好機と兵庫は思ったのだ。

 兵庫は朝稽古にやって来た山中碁四郎にこの一両日に起きた事件を話し、本日午後に草加宿坂崎道場の道場開きに参加するように頼んだ。
「新門も大変ですね。起きた事件を無かった事にするには随分と金の掛かることでしょうね」
「私も新門が一人生き残るために御府内で短筒を使った可能性を久坂さんに教え、山分けの条件で千両のおねだりを頼んでおきました。新門の金で宿場の防衛をするのも悪くは無いでしょう」
「新門も踏んだり蹴ったりですね。恨まれ役をこちらに回さない様にして下さいよ」
「回しませんよ。碁四郎さんに恨まれる方が怖いですからね」
 草加宿の道場開きに朝飯後行く話は駒形から稽古に来た元東都組の無役の者にも伝えられた。
「今日伊佐次さんが仕入れた食材を担いで草加に向かいます。駒形に寄りますので荷運びを手伝い重荷を背負う事を覚えて下さい」

 朝食後しばらくして背負子を背負った兵庫が押上を出て、暫くすると兵庫は中之郷元町の道場にあった。
男たちが集められた。
「皆さん、とうとう弱い者たちが強い新門に牙を向きました。その弱い者たちは、先日、草加宿で悪さを働き、元養育所の保安方の仙吉さん等に痛めつけられた十人の者たちであることは、ほぼ間違いありません。いま新門は多くの目に晒されて居るため、身動きが出来ないで居ます。この機を捉え、生まれたばかりの草加宿の仙吉一家や越谷宿の乙次郎一家の地固めを手伝い、宿場に根付かせたいのです。養育所の役割は養育所に来なければならない子供たちを減らし、無くすことです。仙吉さんや乙次郎さんは宿場の平穏に寄与するでしょう。平穏は人々にゆとりを与え、弱い者たちに優しい目を向けられる様になります。この様な町は立場の弱い皆さんを受け入れてくれるように成ります。先ず、宿場に宿場が欲するものを皆さんが与えることです。そこから始めましょう。いつか蒔いた種が花をつけ実ると信じて下さい」と一気にまくし立てた。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/18 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その33)】 

 常吉が戻って来たのは兵庫が茶店で昼の握り飯を食べている時だった。
「先生、二人の焼死体が見つかったそうで、おかみさんと手伝いの女の証言では酔いつぶれて逃げ遅れたと思われる鉄五郎さんと身体の不自由な客だそうです」
「それで出火場所は」
「近所の者の話では家の中から燃え広がったとの話で、火消の話では客の寝ていた部屋が一番よく燃えていたそうです」
「身体の不自由な客との関係は分かりましたか」
「はい、おかみさんの話では二日ほどかけて新門から送られて来た十人のやくざ者で草加宿に出かけ、喧嘩に負け帰って来た者で怪我のひどい一人を一日だけ預かったということでした」
「ずいぶんとおかみさんは正直に話しましたね」
「鉄五郎さんとは違い噓が下手ですからね」
「お蔭で新門が書いた筋書きだったことが判りましたが、筋書き通りには行かなかった。何故上手く行かなかったのか反省して貰いたいものです」
「金で動かしても、ひとたび命の危機に見舞われると、金の安さに気が付き動きを止めてしまう。今回は更に恨みを買ってしまい、金を出してくれた雇い主に牙を向けてしまった。そうさせたのも、鐘巻流の温情でしょうか」
「しかし、助けた十人は道連れを付けて殺してしまったようですので、反省するのは私のようですね」
「そうかもしれませんが、新門も先生も生き延びられたのは、未だこの世に必要だからですよ。子供たちが遊び始めましたよ。ここは任せて行って下さい」
「済みません。行って来ます」兵庫は残っていた握り飯を頬張り、茶で流し込むと道場口から養育所内へ姿を消した。

 午後 兵庫は子供たちとの遊びに時を費やした。
その遊びの傍らでは彦次郎が大黒屋から運んできた大八車の修繕をしていた。棒手振りの仕事から戻って来た伊佐次から、
「荷を多く積みたいので、重ね置きが出来、取り出しが様にできるように引き出しのような仕掛けも考えて下さい」
「分かった。何度でも直すから、思いついたことを言って下さい。良いものを数台作って日光街道だけでなく、他の街道でも使うそうですから」
「人が足りなくなりますね」
「伊佐次さんと似たような方々が中之郷の屋敷に沢山居ますよ」
「やはり、先生は、あの持ち駒を使うつもりなのですか」
「その様です。先着の伊佐次さんや忠治さんが師匠に成ることになりそうですね」
「先着と云っても、背中が見えるほどですから直ぐに追いつかれてしまいます」
「日光街道の草加宿と越谷は伊佐次さんと忠治さんの割り当ては変わらないですよ。後から行く者は中山道や甲州街道、あるいは水戸街道で頑張ることになるのでは」
彦次郎と伊佐次が話をしていると、子供たちと遊んでいた兵庫が、
「伊佐次さん、草加の千疋屋ですが飯屋を始めるだけの器や膳の用意はありましたかね」
「はい、在りました。ただ、道場の方に貸し出してありますから足らなくなるかもしれません」
「明日、行く時背負子で運びますので、荷造りお願いします」
「分かりました。皆さんが行くのでしたら、私も昼飯の食材を運ぶことにします」
「それは有り難いです。駒形のお仲間に手伝うように明日稽古に来た時言っておきますので、手本を見せて下さい」

 遊び疲れた子供たちを昼寝させた兵庫は十軒店の雑貨屋に行き、店番を任されている空太と金吉に無印の提灯を一つ出して貰い自室に戻った。
「それは?」と志津が尋ねた。
「草加宿の仙吉さんの所で始める料理屋の軒下にぶら下げる招き提灯と思い・・・」
「私が・・・なんと書けば良いのですか」
「武骨で癖のある私の字より、男を誘う女文字の方が招き提灯に成るでしょう。小料理とでも書いて下さい」
「分かりました。明日、持っていかれるのですね」
「はい、明日から暫く新門が動けぬ内に、多勢で草加宿や越谷宿に行き、千疋屋の開店、道場開き、福寿屋の裏に道場の地固めの手伝いをしてくる予定です」
「新門が動けぬと、無頼のやくざ者が元気付きますね」
「はい、その点は矢五郎さんに目を光らせて頂き、必要なら私の方でつぶすことにいたします」
「新門が抱いた旦那様への不信を払拭させるために、悪党の手を借りるのも皮肉ですが、ほどほどにしないと、新門も悪党ですからね」
「新門にとって都合の良い悪党を私は知らぬ間に退治していたのでしょうが、私には分かりません。これからも同じようなことが起きるでしょう」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/17 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その32)】 

 久坂と勇三が新門の家が在る北へ向かうのを見た内藤が、
「今の飛び道具の話は推測ですよね」
「はい、実は草加宿で懲らしめた者は十人で、一人は大怪我でとても押し込みは出来ませんので新門の所に押し入ったのは最大九人です。今日確認したことですが千住の名栗屋鉄五郎の家が焼け落ちて居ました。火を付けるのなら怪我をしていても一人で出来るでしょう。このことからも新門の家に押し込んだのは九人のような気がしました。それが八人だと云われたので、どのようなからくりが考えられるかを考えただけです。推測ですから、山分けの五百両は期待しないで下さい」
「新門に恨まれますよ」
「恨まれるのは久坂さんですよ。まさか私と山分けするとは言わないでしょうから」
「金の話は別として、十四人も死んだとなると、新門も暫く静かにするでしょうね」
「その間に、江戸を出、新天地に移った者たちの地固めを手伝いましょう。久坂さんから何か知らせが届いたら連絡お願いします」

 駒形からの帰り道、兵庫は中之郷元町に寄り、禁足させられていた男たちを道場に集めた。
兵庫が話すまでもなく、新門の所で事件が起きていたことは知って居たが、兵庫は南町同心・久坂啓介から仕入れた情報を話して聞かせた。
「賊が八人と身内が六人も死んでも新門は無傷とは悪運の強い男だな」と矢五郎が言った。
「新門に死なれては浅草が乱れますので、悪運かもしれませんが、幸運でもあります」
「推測だが押し入った賊は草加宿を騒がした十人の者だろうが二人抜けたのか、一人は大怪我と聞いて居るので仕方がないのだが・・・もう一人は怪我人の世話をするためだったのだろうか」と矢五郎が更に打診して来た。
「もう一件事件が起きていました。これは未だ、奉行所の知らぬ事ですが、千住宿の名栗屋鉄五郎の家が焼け落ちて居ましたよ。鉄五郎の安否は確かめて居ません」
「火付けだとすると、これは非常手段だから怪我人一人でやったことのように思える。だとすると一人は逃げたことになるが・・・」
「その辺りのことは、これから押上に戻り、鉄五郎さんの元子分だった常吉さんに調べさせようと思って居ます」
「それにしても、この道場の四本柱に名を連ねた者たち全員に災いが起きるとは・・・」
「災いを自ら招いたようにも思えます。こちらにその災いが回ってこない様に身を慎みましょう。禁足は解きますが浅草へ出かける時は二人で君子の行動をお願いしますよ」
「君主は無理だが、いきり立つ者たちに近寄りませんよ」

 押上に戻った兵庫は、部屋に近藤小六、常吉、そして山口藤十郎を呼んだ。
押上にも新門の所で起きた事件のことは噂としてもたらされていた。
兵庫はその最新情報を聞かせ、更に名栗屋鉄五郎の家が焼け落ちたことを伝えると同時に、己の推測を語って聞かせた。
「と云う事ですが、常吉さん、名栗屋に行って見て来て下さい」
「分かりました」
「近藤さん、私は山口さんと茶店に陣取りますので中の用心の方お願いします」

 常吉が千住に行った後の警備のために兵庫は保安方見習いの山口藤十郎と十軒店の茶店に陣取った。そして思い出したように、彦次郎を呼んだ。
「大八車の件ですが、花川戸の大黒屋ご隠居の又五郎さんに話したら、荷台の壊れた物が有るそうで、頂けるそうです。中之郷で一人借りて見に行って、使えそうでしたら貰ってきてください」
「大八でしたら、どのように壊れていても直せますよ」
「それでしたら、遠慮なく頂いて下さい、商いを中山道や甲州街道にも広げる予定ですから」
「仕事に使う物は、使う者の話を聞き、使い方を見て手を加えると数段使い勝手が良くなるものです。いつか商いに同行してより使いやすく改造してみます」
「お願いします」

 新門の家に賊が入った話は大川を渡り広まったのか、普門院脇で鍛冶屋を営んでいる辰五郎がやって来た。
「先生、新門の噂は本当ですか」
「押し込まれ双方で十四人も死んだと久坂さんが言って居ました。だが新門は無事です」
「十五人に成らなくて良かったですね」
「良かったですが、物騒になって行くと思うので、手軽に使える十手を作って下さい。長さは一尺六寸程度で頼みます」
「分かりました」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/16 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その31)】 

 嘉永六年十月八日(1853-11-8)が明け、朝食まで手順を踏んだ兵庫が、宿場に海産物を運ぶための大八車を手に入れるため花川戸の運送業大黒屋に出かけた。
普段とは違う町の様子に何かおかしいと思いながら大黒屋に近づくと、大黒屋の方から声が掛かり、手招きされた。
「お願いが在りやって来たのです」と兵庫が中に入ると、
「大きな声で話せない事態が新門の所で起きたようです。お話ししますので上がって下さい」と隠居の又五郎に誘われた。
起きたことの想像は出来たが、知らぬ素振りで家に上がり、奥の座敷に座った。
「鐘巻様、昨夜新門の所に賊が押し入り、双方で十人を超す死傷者が出たようです」
「それで新門は・・」
「無事の様ですが、これからお上の取り調べになりますので、若いものが人を近づけさせませんので傷を負ったかどうかは分かりません」
又五郎により語られたのはここまでだった。
ここに長居をしてもこれ以上の情報は得られないと思い、
「いったい賊の狙いは何だったのでしょうね。ちょっと情報を得に歩いて来ます」
と腰を上げた。
「あれ?何か用が有って来たのではありませんか」
「そうでした。先日と同じようなお願いですが大八車をまた欲しくなったので、仕入れて欲しいのです」
「構いませんが、そちらには大工が居ます。こちらには荷台が壊れた物などが在ります。直して居られないので、壊れたもので良ければ差し上げます」
「それは有り難いです。後ほど引き取りに参ります」

 大黒屋を出た兵庫の足はもう一つ襲われる可能性のある、千住の材木屋名栗屋に向かっていた。
何も起きていないような街道の流れだったが千住大橋に近づくに従って鳶姿の者が街道から名栗屋の方向に曲がり消えていくのが見えた。
兵庫が大橋の南詰めまで行き名栗屋を見ると、なんと焼け落ちていた。

 思っても居なかった光景に、その事を伝えに兵庫は草加宿まで足を延ばした。
宿場脇本陣の近くに手に入れた道場に集めた者たちに、
「昨晩新門の家に賊が入り十人以上が死傷したという噂、また千住宿の名栗屋鉄五郎の家が焼け落ちて居ました。これらは昨日宿場で騒動を起こした十人の仕業だろうと思います。こちらに拠点を構えることが出来て、養育所は今後多くの恩恵を受けることに成ると思いますが、その陰で多くの方々が死傷して居ます。そのことを踏まえ、宿場に喜ばれるように心がけて下さい。私は戻りますので、このことを越谷宿の方にも伝えておいて下さい。もう少し詳しいことが分かりましたら、参ります」

 急ぎ駒形に戻った兵庫が、経師屋為吉の暖簾を潜ると、そこには定廻り同心の久坂と岡っ引きの勇三が内藤と話をしていた。
「待って居たぞ」と久坂が何か聞きたいことでも在るようだった。
「こちらも伺いたいことが在りますが、先ずはそちらから、どうぞ」
「八人が押し込み、新門側の子飼いの者六人全員と合わせて十四人が死んだよ。だが新門は無傷だった。どうしてだと思う」
「私の過去の経験から推測すると、隠し部屋が考えられますが、子飼いの者全員が死んだとなると、新門が少なくても一人、最後の賊を殺して居なければ説明できません。賊は押し入った狙いを果たすまでは逃げないでしょうからね。だとすれば新門は飛び道具を使ったのではありませんか。刃物で渡り合うほどもう強くは在りませんからね」
「だが押し込みの者は皆刃物の傷だったよ」
「身内の死因はどうでしたか」
「・・・・何を言いたいのだ」
「私のある根拠に基づく推測ですが、押し込んだのは九人です。身内の中に一人賊が混ざっているのではありませんか」
「何故、そんなことをする必要が在るのだ」
「御府内で飛び道具を使うとどう成りますか」
「重罪だよ」
「それでは、もう一度行って千両程稼いで来てください。ただし山分けですよ」
「分かった」
「内藤さんに届けて下さい」
久坂は何のために来たのか、何か疑問が解けたのか自分だけ喋ると出て行った。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/15 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学